dogfight高松の長すぎるひとり言 2002年2月 |
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■規制緩和という悪夢■法令建築事務所■近況点描■27D■近況点描2■大人の童話■田中真紀子評■雪印と問題点■保存図書■50の手習いpart2■自己負担増の効果■デフレと弁当■流転■鳥取のこと3■江戸の仇を長崎で■安全カミソリ■雪印してる■予見と対策■あと10年■てんぷら■ビデオ判定■花粉症■雪印現象■ボキャ貧■たまり |
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020201(金)■規制緩和という悪夢 | ||||||||||||||||
規制緩和は「自己防衛できない人にとって不幸を招く」と言うのが私の持論でした。 格別研究などしなくても、自由競争にすれば勝者が残るのは当然で、確実に弱者切捨てとなります。国が「法で守っていた」ものが、規制緩和で保護されなくなります。身近で言えば「預金保護」も1000万円でカットの時代(ペイオフ)がそこまできています。私など「その日暮らし」で、1000万円と縁はありませんが、わが団地の修繕積立金は4億円にもなり、その保護に役員さんは大変だろうと思う次第です。 私は「肌で感じる危機」を述べてきたに過ぎませんが、『規制緩和という悪夢』(内橋克人とグループ2001/文春文庫)には、我が国より15年先行する「規制緩和発祥の国アメリカ」の『惨憺たる実態』が紹介されています。 規制緩和→自由競争→新規参入→低コスト化→余剰資金による新たな産業の振興 これが、規制緩和論者の描く理想でした。しかし現実は・・・ 規制緩和→強者による『弱者の排除』→『寡占化』→コストアップ 更に、寡占化は不採算部門の切り捨てとなって表れ、交通機関など「ローカル線の廃止」が徹底的に行われました。この本には、予想ではなく、実験結果が紹介されています。規制緩和推進の一人、ポール・デンプシー氏はこう述懐しています。 「もし、貴方が日本で規制緩和をしようと言うなら、こう理解しておけばいい。要するに規制緩和とは、ほんの一握りの非常でしかも貪欲な人間に、とてつもなく金持ちになる素晴らしい機会を与えることなのだと。一般の労働者にとっては、生活の安定、仕事の安定、こういったもの全てを窓の外に投げ捨ててしまうことなのだと」 また、ドナルド・バーレット氏は 「要するに規制緩和とは、アンパイアのいたゲームからアンパイアをのけてしまうことだったのです。ゲームは混乱し、何でもありの世界になりました。ところが、多くの人々は『規制緩和』と言う言葉を経済学者が振りまいたとき、ルールが変わってしまうことに無自覚でした。皆が、なんとなく良くなると言う錯覚を持っていたのです。結局、そうした人はゲームから弾き出され、得をしたのは権力の中枢にいた一握りの人でした」 内容は、私の想像を遥かに超えるものでした。 小泉内閣は「構造改革」を目指しており、特殊法人の壊滅を狙っています。確かに「甘い汁」を提供する道具となっている法人もあるようですが、真に国民のための法人を精査して残して欲しいものです。 アメリカにおける規制緩和は、カーター大統領によって行われました。善意(偽善?)に満ちた「西暦2000年委員会報告」を置き土産にした大統領らしい行為に思います。 |
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020202(土)■法令建築事務所 | ||||||||||||||||
週があければ「講習会」とケアハウスの関係諸官庁のよる「完了検査」があり、忙しい毎日となります。 通常は建築基準法・消防法・福祉条例・景観条例等の許可を得て着工します。ところが、ケアハウスは「容易ではない場所」に建設したため、神戸市の開発指導要綱に準ずる協議と、防災協議や総合設計、更に砂防・宅造規制法をクリアして建設許可を受けました。それだけに竣工に伴う完了検査もたくさんあるのです。2月は、そんな訳で「検査に明け暮れる」月となりそうです。 講習会は、昨年私個人が「法令建築事務所資格者試験」をパスしたため、組織として「法令建築事務所」の資格を得る講習会です。4.6.8日の3日間、朝一番から夕方までびっしり「缶詰状態」です。 「法令建築事務所」ってなに?そんな方が多いと思います。そこでご説明を・・・ 建物を建てる場合、建築確認申請が必要なことはご存知だと思います。 この申請をすると「書類審査」をして「確認済証(建築許可)」が発行されます。審査内容は、 1.建築基準法(建築法規・建築設備・構造・エレベータ)および建築に委任されている関連法規 2.消防法 3.関連法規 これだけのチェックを受けます。ところが、法令建築事務所の資格があれば「建築法規・建築設備・建築に委任されている関連法規」の審査が免除されます。また、別資格の「構造法令建築事務所」と組んで仕事を行えば構造審査も免除されます。ただ、決裁権はありませんので建築主事の決済を受ける必要があります。それでも作業の簡素化と大幅な時間短縮になることは間違いありません。 このように大変有効な資格(建築士法で定められた資格)なのですが、あまり普及していません。大阪府下に1万軒以上の建築設計事務所があるのに、法令建築事務所は200軒ほどしかありません。その理由は、 ・受験資格が難しい ・折角の資格なのに「都道府県単位」でしか有効ではない 受験資格ですが、 ・一級建築士であること ・責任ある実務経験(管理建築士等)が5年以上 となっています。更に不文律で「違反建築経験者」は除外?されるようです。私の場合、当社の事情による違反建築は全くなく、更にこの15年程「検査済証のない建物」は一切ありません。これだけの実績の上に、昨年始めて「受験のお誘い」が行政から届きました。 昨年の受験者は約40名でした。 事前に講習会があり、出題者と受験者が勉強会を開きます。なんや「出来レースか?」と思ったのですが、かなり殺気立ったものでした。 いきなり模擬テストがあり、回答を聞きながら勉強です。ところが、「法解釈」がテーマだけに、受験者も一家言の持ち主揃いです。出題者の法解釈に異議を唱える人が相次ぎ、行政側が陳謝することもしばしばでした。 資格取得後は、審査する側にたつわけで、それなりに「責任を負う」ことになります。それだけに、誰も真剣勝負なのです。やはり「難関な試験」と思うのですが、大阪府かしか有効にならない資格制度であることが値打ちを下げています。 手がけた物件が次々と竣工を迎えています。 思えば、建築の世界も規制緩和が進み「行政の検査」から、関係者による「自主検査」に比重が移って来ています。法令建築事務所の資格も時代の変化だろうと思う次第です。 |
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020203(日)■近況点描 | ||||||||||||||||
成り行きとはいえ、鳥取で講演することになりました。 仲間とテーマの絞り込み作業を行い方向性が見えてきました。普段の「HPの更新」のようなC調では失礼にあたります。そこで、バックデータの収集に掛かりました。 まあ、便利な時代になったものです。 インターネットで検索していくのですが、そのデータの豊富なこと!むしろ私にとって「何が必要か」を見定める能力が必要だと思いました。 講演原稿を作るつもりが、詳細なリポートを書いています。 これでは「資料を渡すだけ」で事足りそうです。私は何時の間にか「書くこと」が習い性となっています。書くことで、推考し纏め上げているのです。講演が済み、公開しても差支えないと判断できたら、リポートをHPに収録しようと思います。 先日現場で働く若い人から、時々ホームページを見て『笑わせてもらっています』と言われました。マイナーなHPを自認しているのですが、いったいどれだけの方にご覧頂いているのであろうか? 鳥取での引渡し作業の休憩時間、こんなページが「笑い話の種」となりました。
昨年7月に大阪市内の物件が終了して以来、お膝元の仕事がありません。そのため、神戸・鳥取・四国と飛び回ってきました。 こんなことは私に限ったことではなく、特に厳しい関西の不況から身を守るため、地方に打って出ている(早い話が出稼ぎ)友人が増えています。そんなわけで、友人と会う機会がめっきり減ってきました。 今年まだ会っていない友人と「飲もう」ということになり、南の繁華街に出かけました。 街は若い人で溢れ、不況を感じさせるものは何もありません。 私は、何を苦しみ、何と戦っているのであろうか・・・ 風邪がまたぶり返してきました。 ティッシュを片手に、蛇口の壊れた水道のように「垂れ流し」の鼻水を拭きながら書いています。皆様もお気をつけください・・・ |
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020204(月)■27D | ||||||||||||||||
全くネタが尽きまして「どうでもいい」ことを・・・ 私の生年月日は「昭和22年2月17日」 高校の学籍番号は「27番」 現在住んでいる大阪府の都道府県ナンバーは「27」 如何ですか・・・やたら「2」と「7」がでてきます。どうやら、この「27」が私にとってラッキーナンバーのようです。そんなわけで「結構好きなナンバー」です。 子供の頃、耳が大きな私は「ダンボ」と綽名されていました。 今は、dogfightのハンドルネームにしています。どちらも「D」がついています。 合わせて「27D」 まあ〜なんちゅうこともありませんが、好きな「記号」として使っています。 |
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020207(木)■近況点描2 | ||||||||||||||||
現場は検査漬け、そこへ法令建築事務所の講習会が重なり、ただでさえ多忙な折「ゴーストライター」の仕事が舞い込みました。 こんなご時世です、お声が掛かれば「何処へでも」が原則です。おかげで、この3日間「半徹夜」状態です。2ヶ月に渡る「ロングラン風邪」の体調不良と合わせ、ただいま絶不調です。 ゴーストライターの仕事は「誰かに成りすまして」行うのですが、これが「江戸の敵を長崎で討つ」に似て、因縁めいた仕事です。残念ながら経緯を明かすわけにいかないのですが、私の作った計画に従ってでしか設計できない設計事務所って「どんな気持ち」だろう?ざまあみろ! (今時、プライドで「飯は食えん」と割り切っているかな・・・) 法令建築事務所の講習を受けながら、これは「50の手習い・part2」ではないかと感じています。この2年間で行われた「規制緩和」は、建築基準法を全面的に変えてしまいました。折をみてご紹介したいと思います。 雪印の事件。あれは酷いですね! 根底に「表示方法」の規制の杜撰さがあります。これも「一言」書きたくてうずうずしています。 田中真紀子外相が更迭され、小泉内閣の支持率が一気に30%もダウンとか。 「アホでも人気があったんや」というのが感想です。自分を「利口」と思い込んでいるアホが一番始末が悪い。これも一言・・・ 時間が出来たら書かせていただきましょう・・・ |
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020208(金)■大人の童話 | ||||||||||||||||
耳掻きとスコップ 庶民の経済感覚は、ほとんど「お笑い」に近いものがあります。せっせと節約しては、どこか「底が抜けて」おり、結局無駄使いをしています。 友人と打合せをして、その後夕食になりました。トンカツの店に入り、メニューを見たら「和風カツ」とあります。店員さんに尋ねたら「下ろし大根が付き、ポン酢で召し上がっていただけます」とのこと。ようは、別椀で大根下ろしが出てきて、200UPだそうな・・・ ケチな二人は相談して、普通のカツと和風カツを一つずつ頼みました。そして、大根下ろしを二人で分けたのです。「な・・・これで100円浮いたやん」 なんとせこい話でしょう。その後、スナックへ飲みに行って「お一人様金5000円」でした! なんのこっちゃ!!!「耳掻きで集めてスコップで捨てる」アホな庶民の出来事でした。 蛇と猪 ケアハウスの建設もいよいよ大詰めです。 建設地は、人と動物の「生活圏の境目」にあります(MACのHP「ing」をご覧ください。建設前の用地写真があります)。用地の裏山を「作業スペース」として市から借用していたのですが、工事も終わりに近づき、返還に備えるため現況復帰への作業に入りました。 昨年末のこと、その工事の進行を確認するため裏山に入りました。 先頭を切って歩いていた私は、突然大声で「悲鳴」をあげてしまいました。なんと!真冬で冬眠しているはずの「青大将」がいたのです。蛇が大嫌いな私は「何でこの季節におんねん」とボヤいてしまいました。この工事で「安眠を妨げられた」犠牲者かもしれません。 工事の借用地を「自然に還す」ため、植林をしました。 ところが翌日見ると「根っこから掘り起こされて」いるのです。最初は、誰かのイラズラと思ったのですが、やっと犯人がわかりました。なんと!猪が集団で「裏山から出てくる」のです。 蛇や猪からみれば、私たちこそ「侵入者」だったのだろうと思うこの頃です。 |
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020209(土)■田中真紀子評 | ||||||||||||||||
アフガン復興会議を巡る「怪談話(020131参照)」で田中真紀子外相を含む関係者が更迭され、半月が経ちました。 「人殺し」といっても誰も疑わないだろう鈴木宗男氏との刺違えは、田中氏には不本意であろうと思います。ただ、片腕であるべき野上事務次官にまで裏切られるほど、組織把握が出来ていない田中氏の「人望のなさ」も情けないものがあります。 小泉政権で「田中外相はミスキャストだ」と言いつづけてきました。私がそう断定した理由は、田中氏から「切れ者の片鱗」を感じないからです。 彼女は政策論争に参加せず、構想発表もしない不思議な政治家です。父親譲りのカリスマ性はあるものの、実力はどこかに置き忘れたようで、閣僚就任後も相変わらず構想の表明はなく、いまだに「いかなるポリシーの持主」かわかりません。在任中、主要な国から「不快表明」されたことが、彼女の実績でした。 一般論ですが・・・世間で「切れ者」といわれる人に随分お会いしてきました。 なかなか「評判通り」の人はいないもで、一言二言の会話で片鱗をビンビン感じる「評判以上の人」か、全く「評判倒れ」のいずれかです。田中真紀子氏がどちらに当るか言うまでもありません。 アフガン復興会議の出来事は「お気の毒」としか言いようがありませんが、彼女の組織掌握力のなさ(裏切り)が遠因にあることを知るべきであろう。 彼女は「外相」であり、国を代表することを知っていたのであろうか? 外務省改革にかけた彼女の意気込みは良く分かるのですが、ヤクザの喧嘩ではあるまいに、勝つための「戦略」がない。滅びの美学など政治家には不要で「何をなしたか」と言う結果が大切です。喧嘩をするなら、相手を知り、勝つための布石を打ち、完全に封じ込めてから「止めを刺す」周到さが必要であろう。 外相の職務は総理に引き継がれ、更に川口順子氏に引き継がれました。 引継ぎを巡る「女の戦い」をみれば、田中真紀子氏が「子供から一歩も出ていない」事がわかります。まさに「大人気ない」の一言に尽きます。 川口氏から溢れるような知性を感ずるのに、田中氏にはそれがなかった。言わば「利巧と思い込んでいるアホ・・・」が、いかに周りに迷惑を及ぼしていたか見本のような出来事でした。 田中氏更迭で、小泉政権は一気に支持率を30%も落としました。言い換えれば、田中真紀子氏の人気を物語るものですが、人気と実力はイコールではありません。野党の大物某氏は「田中担ぎ」の様相を見せていますが、不能なものをトップにいだけば「国民が不幸になる」ことを知るべきであろう。 ますます混迷を見せる我が国の情勢に、小泉総理の真価を問われる時期がきている。 激減したとはいえ、まだ支持率は50%もある。いやいや、たとえ5%になっても構造改革をやりぬいて欲しい。それしか我が国が生き残る道はないと思うからです。 |
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020210(日)■雪印と問題点 | ||||||||||||||||
雪印グループは、かつて年商1兆円を超える「優良企業」でした。 それが、信じられないような杜撰な衛生管理で2年前に大規模な食中毒事件を起こし、その上隠ぺい工作までしたとして、世間の糾弾を浴びました。 それから「企業再生」のため、懸命な努力をしていると誰もが思っていた矢先に、トップ企業にあるまじき破廉恥な事件が明るみに出ました。それは、狂牛病に端を発する「国産肉買取制度」を悪用した『せこい事件』です。それからと言うもの、でるわでるわ・・・「食品企業の何を信じればよいのか」と業界そのものに不信を抱かせるほどの不祥事に発展したのです。流石に今度は「再生の芽」はなく、企業解体の上「切り売り」されるようです。不況にもさして影響されることのなかった優良企業が、トップの無責任さで「僅か2年で解体の憂き目を見る」と言う情けない話です。 雪印の事件は、食品の「表示制度」に問題があること露呈しました。 賞味期限や、製造年月日など「製造者のモラル」以外に信じるものがないこと。産地表示も同様で、企業がその気になれば「いくらでも誤魔化せる」ことが分かりました。 仮に企業が規則を遵守しても、問題があることが分かりました。例えば・・・ ・「和牛」とは、種類の表示で「国産牛」を意味するものではない ・輸入生牛でも、一定期間日本で飼育すれば「国産牛」になる 牛以外にもこんな事例を知っています。 私の友人で、繊維製品の輸入卸をやっている者がいます。彼によれば「工程の一部でも日本で行えばメイド・イン・ジャパンになる」そうです。そこで、彼の会社では中国から輸入した服に、「日本製」というラベルを国内で付けて出荷しているそうです。この方法はまさに順法で、まるでブラックユーモアみたいです。 また、仕事上で知合った「某菓子メーカー」は、阪神淡路大震災で大打撃を受けたにも拘らず、出荷を続けました。菓子は「パックに詰めたときが製造年月日」だそうで、バラの状態で作り置きしておいても、それは「半製品」と言うことです。工場は大被害を受けたけど、半製品があったため「順調に出荷」出来たと言うわけです。 なんとも「薄ら寒い話」と思わずにいられません。 |
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020211(月)■保存図書 | ||||||||||||||||
多くの業種で「記録の保存」が義務付けられていると思います。 建築設計事務所の場合「設計図書等記録の保存期間」は5年間と定められています。ところが、私の命より永い商品(建物)を扱っておりますから、5年で処分することなどとても出来ません。 1987年以降はCAD化したため、図面は「縮小版」とデータで保存しており、ヴォリュームは随分圧縮できました。とはいえ、事務所を始めて25年、いかに暇な事務所といえども「保存図書」の量は半端ではありません。愛娘かおりも整理に困っており、古いものから「処分を」と思ったのですが、いまだにリニューアルの問い合わせ等があります。クライアントも「まさか資料があるとは・・・」と驚かれたようですが、おかげで処分も出来ず思い悩んでしまいます。 ヴォリーム減らしに役立ったデータの保存が危機に瀕しています。 MACのOA化は3段階に分かれています。(ソフトはいずれもフォトロン社) 1987年「図脳アルファー」→1992年「製図1」→1997年「デジタルシート」 製図1で作られたデータ(ME-DOS)は、全てデータ変換をして、デジタルシート(windows)の形式で保存しました。 問題は初期の「図脳アルファー」データです。 「図脳アルファー」→「製図1」486を使いメディア変換→ペンティアムUでFDデータ形式変換→「デジタルシート」に変換 このように、FDを一枚ずつ「2段階変換」していく必要があります。 図脳アルファーのデータは「古いデータ形式の5インチFD」で保存しているため、メディアとデータ形式の置き換えが必要です。そのためだけの古い機種(486+ペンティアムU)が残してあるのですが、その機械も最近ご機嫌斜めで、いつまで動くか保証の限りではありません。 「今のうちに変換しておいたら・・・」と言われそうですが、専用キャビネットに保存された3000枚以上のFDを見るとウンザリしてしまいます。マシンが壊れればこれらのデータを読み取るすべはありません。結局、どこかで「あきらめ」になりそうに思います。 OA化の隘路に迷い込んだ気がします。 終わってみれば、残ったのは「図面の縮小版製本だけ」になりそうです。現在はMOで保存していますが、このメディアも「20年程度」といわれており、『紙』というメディアが最後まで生き残りそうです。 2000年ほど経ち、今の私たちが「発掘する」ように調査したとき、電子メディアは残っているのであろうか・・・ |
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020212(火)■50の手習いpart2 | ||||||||||||||||
とても瞬時に覚えきれるものではありませんが、「ここまで変わるのか!」と驚愕に値するものでした。全てご紹介出来そうもありませんが、雰囲気だけでもお伝えできればと思います。 地方性の確立 当HPで、建築基準法のローカル性(地方により運用解釈が異なる)に触れてきましたが、法の成り立ちを聞いて「そうなんや・・・」と思い当たりました。 建物に関する「おふれ」は、大宝律令に見ることが出来るほど古いものがあるそうです。建築法規は、地方毎の慣習が立法化された経緯を持ち、近代法規の原型は、明治の始めに「慣習法から発展して6大都市に施行」されたものだそうです。その後、適用地域が拡大されたため、地方の慣習とのギャップを埋めるため、地域毎の「運用や法解釈」が黙認されたと言う。講師の先生によれば、今も地域性があり「地域毎の運用がベスト」という。 この2年に渡る全面見直しでは、法でコンセプトを示し「細則は地方に委ねる」手法がとられています。地方毎の運用が、黙認から公認に変わろうとしており、私達(建設従事者)は「地方毎の法規」を知る必要に迫られてきました。 規制緩和 政治の世界では「抵抗勢力」がまだまだ強いようですが、建築の世界では随分規制緩和が進んでいます。勿論、良識だけでこうなったわけではなく「外圧」も大きな原因です。 木造の輸入住宅は、我が国の法規や基準に合致しないことが多く「非関税障壁」と非難されてきました。この度の改正で、これらは輸出国の基準のまま受入れられることになりました。勿論、防火に関する規制が緩和されたために出来ることです。 従前では「3階建て共同住宅」は無条件で『耐火構造』が要求され、木造では不可でした。しかし、改正で「木造3階建て共同住宅」がOKとなりました。その背景に「木造の準耐火構造基準」が定められたことがあります。これなど、典型的な外圧と言えましょう。 次に、国際平準化機構の「ISO」を受入れ、建築関連法規とISOの整合性を図ったことにあります。ISOの基準に従い国内法を変えるなど、建築基準法が始めてではないでしょうか! 性能認定 従前は『防火戸とは1.5mm以上の鉄板で作り・・・』と材料指定していたのですが、改正により『性能認定』となりました。そのため、防火設備(防火戸のこと)は「遮炎と遮煙」の2種類の性能で定められるようになりました。今までなら考えられなかった「木製の防火戸」が今後は可能になります(外国では極普通に存在する)。このように能力を定める規定が、材料指定から性能認定に変化しました。 ここで「遮煙性能」が定められたことに注目してください。 従来より「建物の防火能力を高め、安全な避難路の確保」を目的として『内装制限』がありましたが、燃えないことだけの規定で、私など『業界向けの規定』と噛み付いてきました。火災時の脅威は、炎より煙であることは最早常識で、法律がやっと追いついた感があります。 時代に目を向けたと言う意味で『耐シックハウス』の基準も近々に制定されると聞きました。 検証法と自己責任 「規制緩和と性能認定」この二つの行き着くところは、『自己責任』です。 法規の様々な分野で「検証法により安全が確認されればこの限りではない」とされています。法改正に付随して「検証方法」が定められ、それに従って『安全の証明』ができれば、なんと階段を含む『避難規定』すら緩和を受けることが出来ます。 検査制度も大きく変わっています。 建物強度に対する責任も『自己責任』とされ、行政による検査対象から外される傾向(地域により差があるが)にあります。反面、事業主は『素人故に無謬』という前提が取り払われ、重度の違反には「懲役刑」を含む罰則が適用されます。 飴と鞭 今までなら、法律で許されていないから「違反(無届)でやってしまう」ものが、今後は変わると思います。前項で述べたように「罰則強化」の反面、法規制の各部に「但し書き」が付加され、手続きの煩雑ささえ我慢すれば「違反なしで建物が建てられる」ように緩和されています。(従前の硬直性を知るものから見れば「出来ないことはない」と思われるほど「フレキシブル」になっています) 京都の行政が、京都ゆえの特殊性で「黙認」してきたような事例も、今後「違反なし」で出来るようになります。違反黙認と違反なしでは「雲泥の差」があります。なぜなら、合法建築にしか認められない「特典」が授与されるのですから・・・ なお、「但し書きによる緩和」も、ローカルルール(地方毎の細則)で運用されるのは言うまでもありません。 強化されるもの 緩和されるばかりではなく、強化されるものもあります。 今までなら、超高層建物や特殊な用途にしか適用されなかった「防災協議」が、3000u以上の建物に適用されるようになりました。(内容についてはローカルルールによる) 建築基準法だけでは、安全性を数値化して検証する方法に欠けていましたが、従前より「大規模建築物」と定義されてきた3000u以上に『防災チェック』が義務付けされることは好ましいことです。ただ、この「安全の検証作業」は容易ではなく、小規模な設計組織では大きな負担となりそうです。 (MACでは、小さな設計事務所にも拘らず「防災協議」を多くこなしており、案外ビジネスチャンスかと思っています) 福祉関連も強化されます。 今まで「努力目標」であった『ハートビル法』が、近々「義務付け」されるそうです。全国の自治体ごとに制定されている「福祉の街づくり条例」も強化改正を発表する自治体が多くなっています。また、建築基準法でも、階段等に落下防止とは別に「福祉用の手すりが義務付け」になりました。 この一連の改正点を見て、設計業務が「欧米型」に近づいたことを感じます。 例えば性能認定も、地方ごとに検定機関が設置されるようで、日本建築センターで「膨大な費用と時間」をかけて性能評定を受ける必要がなくなります。特定の物件だけに適用される「性能認定」が可能になるわけで、設計者の責任は重大です。 検証法による「緩和適用」も頻繁になろうかと思います。建築における計算と言えば「構造設計」だけでしたが、今後の設計は「計算尽くめ」で進むことになりそうです。 このような作業は「作家事務所」には辛いことかもしれません。 私の想像ですが、芸術家タイプの先生は、テクノロジー型の設計事務所と組んで仕事をする必要があるかもしれません。これこそ欧米型で、この分野で技術を磨けば「私の出番」もあるかもしれないと考えています。それに付けても、気の遠くなるような努力が必要のようです。 私の『50の手習いpart2』が上手くいきますように・・・ 追記
大阪では、まだ『連担制度の細則』が発表されていませんが、関東ではもう始動しているようで、大変うらやましく思っています。 連担制度とは「連なって担保する」意味で、用地が接する「隣接地の権利」を買取るシステムです。 権利と、法の保護の関係がまだ良く分からないのですが、事業に対する「土地コスト」を下げ、接道等の問題で「活用できなかった袋小路」も一気に利用できる画期的な方法です。 この手法は、設計者に「マネージメント能力」を要求します。 「図面が書ける」「センスが良い」こんなことだけでは建築士が勤まらない時代の幕開けです。まさに「乱世」で、ちょっとワクワクしますね! |
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020213(水)■自己負担増の効果 | ||||||||||||||||
抵抗勢力の露骨な動きに対し、小泉総理も「牙」を剥きだした。 健康保険の「本人3割負担」明記を巡り、激しいバトルとなってきました。保険料も合わせて上がるようで、負担をするサラリーマンや事業主にとって辛いことですが、あえて私は賛成します。 介護用品の(値段の)高さには、呆れるものがあります。 特に、介護保険が出来てからの「高値安定」には恐れ入るのですが、「なんでや?」に触れてみたいと思います。 例えば、床ずれ防止用マットは18万円もします。 dogfight注:ビニール製マットで、マット内をポンプの圧力でエアーが移動し「床ずれ防止」する 寝たきり老人にはありがたい商品ですが、機能から見て18万円は異常な値段です。 パイプと布で出来た車椅子が10万円します。電動自転車が6万円で買える時代に「何たる値段だ」と激怒したことがあります。 こんな常識離れした値段が通用する根底に、介護保険があります。介護保険を使えば、これらの商品は「1割の自己負担」で買えます。同保険でレンタルを受ければ、マットは「月額700円」です。このように「自己負担の少ないこと」が暴利から目を逸らせています。 私は、仕事上で出会ったある介護用品メーカーに文句を言ったことがあります。原価は想像を絶する安さらしく、老人福祉施設等が購入するケースでは、入札で買い叩かれ「定価の3割程度で納品」するそうです。強者には3割で納品し、弱者には定価販売・・・医療福祉産業の底が見えるようです。 仮に「自己負担5割」であったら、たかだか「ビニールで出来たマットに9万円も負担」するであろうか?下司な私は、暴利の一部は「政治家に還流」するのだろうかと思ってしまいます。 健康保険の自己負担増は、負担者の「目を覚ます」効果があります。 抵抗勢力の裏側に、官僚と医療従事者が見えるのに、負担をするはずのサラリーマンが見えません。負担者が目を覚ますことを恐れる連中だけが「反対している」ことが分かります。世の中を馬鹿にしなで欲しい! |
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020214(木)■デフレと弁当 | ||||||||||||||||
事務所のあるマンションの地下に「居酒屋」があります。私も時々利用するのですが・・・ 昼は、サラリーマン相手に「定食」を提供しています。数年前まで「コーヒー付き900円」だったのですが、世の中の「デフレ感」蔓延により、800円に値下げしていました。ところが、最近「600円」と表示してあったのです。まだ、値下げ後行っていませんが、辛い選択であったと思います。 私は、OMMビルの地下街まで昼食に行くことが多いのですが、ここでも「異変」は起きています。 値下げ幅が尋常ではありません。2年程前まで「800〜900円」が主流であったのに、今は600円時代です、それも「内容変更なし」というスザマシサです。逆に、値下げをしない店は「大幅な内容変更」になっています。ある店など、ご飯は「お代わり」あり、漬物や梅干は食べ放題、さらに「地鶏卵はサービスです」とあります。つまり、最小の注文で厚かましくいくなら「全くの食べ放題」というわけです。 それでも「客の足は遠のく」ようで、ある商店主は「生き残ることだけが目的です」と話す。 街へ出れば「街頭の弁当屋さん」が花盛りです。 ここでも、吉野家の値下げ以降相場が下がり、400円で「味噌汁付き」が平均値です。街頭の弁当も競争が過激のようで、客が付くのも「内容次第」と見受けます。 消費者にとって嬉しいことですが、コストの掛からぬ「街頭弁当屋さん」と、勝負を迫られる商店主にとり辛い季節であろう。 |
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020216(土)■流転 | ||||||||||||||||
Aさんは2代目社長でした。 口癖は「親から引き継いだ会社を守るのが私の務め」で、堅実に運営してきたにも拘らず、大口の不渡り手形のため一瞬にして経営危機に見舞われました。そこで外部から「再建支援を仰いだ」のですが、立ち直ってみれば「経営権を剥奪」されてしまいました。ただ、個人資産だけは保全されたそうで、悪逆非道な「乗っ取り」と言うことではなかったようです。 一代で日本最大の物流企業「ダイエー」を築いたにも拘らず、経営権を失った中内氏も「失意の人」だと思います。流石にジャンボな負債で「国も支援に乗り出す」ほどですが、個人資産を保全したとして指弾されました。 この報道に接し、私など中内氏に同情してしまいます。血の滲むような努力をしたにも関わらず「不幸な結末を迎えた」けれど、中内氏の名誉を守る程度の「個人資産」は残しても差支えないのではないかと思ってしまいます。 規模の大小があっても苦労は変わりません。 このご時世で、こんな話はたくさんあるかもしれませんね。誰もが疑心暗鬼で「○○会社が危ないらしい・・・」と言葉を交わしながら、実は「誰よりも己の危なさ知っている」そんな時代です。「明日はわが身」と思うだけに、ちょっと「明るい話題が欲しい」この頃です。 |
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020217(日)■鳥取のこと3 | ||||||||||||||||
鳥取にご縁があるようで、15.16日の両日鳥取へ行って参りました。 (020111鳥取のこと/020128鳥取のこと2) 15日は、鳥取市の中心部に活性を取戻そうと努力なさっているグループの方々とお話するのが目的です。フリートーキングの1人と思っていたら「講師で・・・」と言うことで、これは大変と「MACとその仲間たち」が集まり、2週間ほどで資料を用意しました。 JR鳥取駅から県庁までのメインストリートと旧袋川の交差する最高の立地条件に計画地があります。
そこで、左欄のような提案をしました。 流石は1年以上研究を続けてきた地元の方たちです。MACとその仲間たちの提案に目新しいものは無かったようです。双方とも目指す方向に間違いは無かったと「胸をなでおろした」心境でした。 (私たちが用意した「写真による事例」は大変参考になったようです) 言葉による『コンセプト』はぴったり一致するのですが、微妙な差を感じます。 当方が、メインストリートと旧袋川に面して開放された「高さ10mの大空間広場」といったイメージを提案したのに対し、地元の方たちのイメージは、吹抜けを持つものの「1階から店舗」をお考えのようでした。 この差の理由が時間と共にボンヤリ見えてきました・・・間違っているかもしれませんが「地元ゆえの生真面目さ」と「旅人の気楽さからくる遊び心」の違いではないかと思えます。 私の提案では、地元の物産と工芸を外し、市民中心をテーマにして観光客も外していました。 この理由も「旅人の気楽さ」でしょうが、各地の事例があまり上手くいっていないからでした。例えば・・・ 一昨年訪れた金沢では兼六園内にある「伝統産業工芸館」を見学しました。 流石は加賀100万石の国「何でもあり」です。漆器は山中塗りに輪島塗り、蒔絵に螺鈿細工、陶器(九谷焼)、金属加工、金箔細工、加賀友禅に、仏壇、水引、和竿、太鼓、提灯、蛇の目傘… 規模も大きく展示内容も充実しているのに、観光客はほんの僅かで「維持費も出ないだろう」と思わせるものでした。 反面、横浜にある「ラーメン博物館」は大盛況です。 理由は「日常性」にあるのではないでしょうか?日々利用しても「飽きない施設」を考えたとき、物産や伝統工芸を外そうと思ったのですが、地元の方には「許せないこと」かもしれませんね。 会場でもお話したのですが、「物産や伝統工芸・観光客の誘致」と言ったことを念頭におくなら、別の切り口が必要ではないかと思います。 私のHP『近畿探訪/滋賀県』でご紹介していますが、「北びわこ」を構成する市町村の取組みは大変参考になります。広域に散らばる「小さな史蹟」を、ボランティアガイドのもとに「歴史」と言う味付けをして観光スポットに仕立て上げました。このスポットを、季節を限ってのことですが「1人300円で1日乗り放題のバス」で繋げたのです。 ・観光スポットの掘り起こしとボランティアガイドの整備 (何の変哲も無い風景が、歴史ガイドの言葉で違って見える!) ・観光スポットのネットワーク化(相乗効果) ・便利な「足の提供」 施設が「単独で観光資源」になることは今後ますます困難になるように感じます。 同様な試み(市内の活性化を目指す活動)が鳥取市内で同時進行しているようにお聞きしましたが「観光客・物産・伝統工芸」をテーマにするには「広域な横の連携」が必要ではないかと思います。 会議に参加したメンバーから「昔から縦社会で・・・」と声が洩れたことが印象的でした。 国鉄が崩壊し、途中で投げ出された因美線建設を「智頭急行」として纏め上げた実績が鳥取にはあります。今では、鳥取と関西を結ぶ大動脈として「スーパーはくと」は無くてはならないものとなっています。この運動の途上で「これが出来れば関西から客がくる」と言われたそうですが、出来上がってみれば逆でした。最新ファッションを求めて若者たちは関西に足を運んだのです。 関西に住む私が、鳥取を感ずるPRは「カニと砂丘」しかありません。 そこには、浦富海岸の造形美も雨滝の優美さもありません。明らかにPR不足です! 人口比で車所有台数日本一の鳥取ゆえか、観光地を巡る「足の整備」が遅れています。ここに住む人には「マイカーで移動」かもしれませんが、旅人はそうは行かないのです。 気楽な旅人の目は、かえって岡目八目で『見えること』があるかもしれませんね。 鳥取での仕事も終わり、もう余りこの地に来る機会も減るだろうと思います。 16日はTさんに無理を言って、お付合いを願いました。
紙子谷を後にして、用瀬(もちがせ)に向かいました。 千代(せんだい)川に沿って「流し雛の館」があります。実は余り期待せずに行ったのですが、「雛の収集」の豊富さにTさん共々驚いてしまいました。流し雛は「先祖供養」かと思っていたのですが、苦しい生活を「水に流す」生活の知恵であることを知りました。 折角の郷土文化館なのですが、土曜日と言うのに私達以外に客が居ないのは残念です。 本日の目的地、智頭の「石谷家住宅」に向かいました。 前回訪れたときは工事中で見学できなかったので、楽しみにしていました。
建坪600坪、部屋数40室と言う途方もなく大きなお屋敷で、現在は「客間部分」だけが一般公開されていますが、それだけでも「2時間は欲しい」ほど見ごたえがあります。内部の写真がありませんが、私のカメラではまるで納まり切らない大空間でした。 (大阪府富田林市の杉山邸や、吹田市の西尾邸などとても太刀打ちできません) 残念ですがここで時間切れでした。 新田地区の「人形浄瑠璃」にも行きたかったのですが、この「心残り」が私を鳥取に呼び寄せてくれるだろう。 Tさんは奈良出身。二人で「鳥取が好きになった」と熱く語りながら、案外ここに住む人は「良さに気づかない」のかもしれないと思いました。 関係の無い追記 今日で55歳になりました。 格別嬉しくも無い誕生日です。四捨五入すれば「60歳」と口の悪い友達から言われそうです。 |
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020218(月)■江戸の仇を長崎で | ||||||||||||||||
自主規制 | ||||||||||||||||
020219(火)■安全カミソリ | ||||||||||||||||
「安全カミソリ」なんと懐かしい言葉でしょう。 今でこそ、髭剃りで怪我をすることなど、まずなくなりましたが、昔は「無骨な1枚刃」のものが多く、少し角度を間違えれば血の洗礼となったものです。だからこそ、わざわざ「安全カミソリ」と銘を打ち、安全性をアピールしたのです。最近は、工夫が施され「横スベリ」しても怪我をしない優秀なものばかりです。その代わり「切れ味」にはやや不満が残ります。ところが・・・ 電気カミソリではどうしても剃り残しが出てしまいます。そんな時は、出張の折などにくすねてきた「使い捨てカミソリ」を使っていたのですが、それも底をつき、スーパーで格安の商品を買い求めました。その切れ味の素晴らしいこと・・・ 青光りする「無骨な1枚刃」 昔ながらの「安全カミソリ」です 一撫でで見事に髭を剃り落としてくれます でも、吹き出物もお構いなしです。おかげで、私は血だらけになりました。やっぱ、剃り味が悪くても「安全」な方がいいね。 |
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020220(水)■雪印してる | ||||||||||||||||
日曜日、家内の買い物に付き合ってスーパーマーケットに行きました。 少しでも安いものを買うのが「女の務め」とばかりに、その熱心さに恐れ入るばかりです。品物には、産地や製造日(あるいは賞味期限)が表示されていますが、かつてほど「信用もされない」と言うところです。肉を選びながら「雪印してるかも知れへん」と、表示に疑心暗記です。 雪印と言えば、国内最大の食品メーカーなのに、それでもデタラメな表示がまかり通っていました。 雪印ですらこうなのだから「弱小ともなれば・・・」と思っていたら、地方のあるスーパーがデタラメな表示で摘発され「あ〜ヤッパリ」となりました。 結局分かったことは「表示の信憑性はメーカーの良心しだい」と言うことです。あれ以来我が家では、「デタラメなこと」「嘘をつくこと」を『雪印してる』と言います。 |
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020221(木)■予見と対策 | ||||||||||||||||
予見できることと、予防できることは必ずしもイコールではありませんが・・・ 昨年、明石で花火見物の群衆が歩道橋で圧死すると言う惨劇がありました。 事件後「何故予見できなかったのか!」と主催者や警備側が非難されました。見物客も「危ないと思っていた」そうで、予見したけど予防をしなかった群衆と、予見できない警備陣が引き起こした悲劇と言えそうです。これなど「入場制限さえすれば防げた」惨事だけに、大変残念です。 阪神淡路大震災では、自衛隊が予見した「災害マップ」通りに被害が広がりました。 貝原知事(当時)は自衛隊からの共同災害訓練の申し出を無視し、地震発生後も「自衛隊の災害出動を逡巡」したため、死者を膨らませる原因ともなりました。「自衛隊嫌い」と言う政治信条が、予見された災害の対策を妨げた事例です。 大きな風水害災害が起きると、必ず訴訟に発展します。 これも「災害マップ」で予見されていることが多く、だからこそ「予防処置を講じなかった」として、行政が訴えられます。 ただ予算には限りがあり、いつ起こるか分からぬ災害対策に「日常生活を犠牲にする」ことを、どれだけ容認してくれるだろうか?災害に関する「予見と対策」は、イコールではない事例であろう。 dogfight注:我が国には「高さ200mの津波記録」があり、予見できることは対策すべしと言うなら、国土を高さ200mの堤防で囲う必要がある。ただ、国家予算を考えれば不可能なことは誰でも分かる。 規模の大小を問わず、企業の経営者は「予見が最大の仕事」と言えます。 特に「資金繰り」は経営者にとって不安の種です。それだけに「先が見える」のですが、対策が出来る保証はどこにもありません。売上の増大、入金予定、利益の確保・・・と要素は分かっているのですが、一番ままならぬものといえます。ここでも「受難の時代」を感じます・・・ |
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020222(金)■あと10年 | ||||||||||||||||
55歳の誕生日を迎えたとき・・・ 私の頭をよぎったことは「兄貴より長生きした」と思ったことでした。代々早死にの家系で、父の「享年68歳」が始めての60代でした。「医学が進歩したのだから・・・」と思った矢先に次兄(8代目)が55歳目前で逝き、早死には終わっていないと言うのが私の感想です。長兄が60を越え、2人目の60代突入となりましたが、さて私の余命はいかほどであろうか・・・ バスの「優先座席」を見て・・・ 優先座席は、お年寄り・妊婦・障害者等のための席ですが、これほど建前の席も無い。若者はお構いなく占拠しているが、私は遠慮して座らない。一体この席の「お年寄り」とは何歳からであろうか? 定年は60歳に延びたけれども、年金の支給も65歳に伸びました。これに合わせてお年よりの定義も65歳以上かもしれない。 私が年金を受け取るには「あと10年」が必要です。 さて・・・高松家3人目の「60歳超」となるであろうか? 生命保険も65歳で満期を迎えます。あと10年・・・掛け金を掛け続け、万一のときは家族や所員の保証に当てることにある。65歳以上は終身保険となり、受取は1/3になるそうですが、その時は「家内への責任」だけだから、きっと大丈夫だろう。 あと10年・・・私には予測のつかない10年であろう。 |
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020223(土)■てんぷら | ||||||||||||||||
名古屋のKさんから、こんな愉快なメールを頂きました。
関西では、おでんに入れる具と薩摩揚はきちんと区別されています。ちなみに、おでんに入れる具(練り製品)のうち「平てん(=はんぺん)」のことを関西では「てんぷら」と呼びます。だから、関西にも「衣を付けて揚げるてんぷら」と「おでんの具のてんぷら」があるわけです。 もっと「ややこしい」のは、『おでん』です。 中部地方で「おでん」と呼ばれるのは、一般的に「味噌田楽」のことです。飛騨にスキーに行ったとき、ロッジでおでんを注文したら「味噌田楽」が出てきた驚いた友人がいました。 私も愛知出身ゆえに覚えているのですが、関西で言う「おでん」のことを、ふるさとでは「関東煮」と呼んでいました。だから私には、逆の「カルチャーショック」があります。大阪に出てきて「おでん」のメニューを見たとき、てっきり懐かしい「味噌田楽」が食べられると思い注文したら、竹輪やら平てんの「おでん」が出てきて、がっかりしたことがあります。 (なんや、ややこしい話になりました) 追記 でっち上げることを「てんぷら」と言います。この語源は何でしょうか? 例えば「てんぷら領収書」=本当は使ってもいない費用の領収書(偽の領収書) |
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020224(日)■ビデオ判定 | ||||||||||||||||
ソルトレイクシティー冬季五輪は「日本選手の不振」で私などまるで興味がわきません。 更に追い討ちをかけたのが「ジャッジを巡る不信」です。
表で見るように、白人あるいは政治大国に対しては「速やかに改善」されるのですが、日本や韓国の抗議は検討されることも無く却下されました。理由は「審判は無謬」であり「抗議は受付けない」と言うことですが、なんともダブルスタンダードに感じるのは私だけでしょうか? 特に、日韓両選手の「失格」を宣言した審判員(白人)が同一人物で、ビデオを何回見直しても「失格理由そのものがミスジャッジ」と言う共通項を持っています。ここまでくると、無謬性どころか審判員の「政治信条は中立であろうか?」「人種差別は無いであろうか?」と疑いたくなります。 Sトラックのジャッジは複数の審判員で行われていますが、合議制は無い。「誰か一人が」判定を下せば決定するシステムになっているため、このような事態が起きます。 前回のオリンピックでも、柔道の篠原選手が「ミスジャッジ」で涙を飲んでいます。 篠原選手が泣いた「ミスジャッジ」も、複数審判員制であるが合議制でないため、一人のジャッジに引きずられておきました。 dogfightの独断見解:柔道は日本古来の武道ですが、国際化と共に「白人によりルールが作られ」今日に至っています。勝負(バトル)が試合(ゲーム)にかわり、ポイント制になったために歪が生じました。ポイントで先行した選手が「逃げまくる」試合が多く。勝ち負けだけに拘り「爽やかさ」に欠ける。 どうやら、白人の持つ「フェア精神」とは、審判に「神に等しい無謬性を与える」ことらしい。 それが、複数審判員制を取りながら「合議しない」理由ではないだろうか。だから、抗議は受付けないし「ビデオで確認」などとんでもないことになる。(でも「神=白人」からの抗議はOKのようだ!) これだけハイテクが進み、観衆は直ちに「ミスジャッジ」を知る時代なのだから、人為的ミスの排除を考えても良いのではないだろうか・・・ 我が国伝統の「相撲」は逸早く『ビデオ判定』を採用しています。 土俵上では行司が一人でジャッジをしますが、土俵下に審査委員が4人おり、その公平さを担保している。審査は合議制で、結論が出ない場合は「ビデオ判定」に持ち込まれ、人為的な「ミスジャッジ」が排除されています。 西洋で発達したスポーツと相撲の対応の差は「文化の戦い」かもしれない。 モータースポーツの世界では、F1で日本技術の優秀さが証明されれば「ルールが変わった」し、ウインタースポーツでも、ノルディック複合で荻原選手の連覇が「ルールを変え」ました。勿論、両者とも「白人優位」になるような変更であったことは言うまでも無い。 穿った見方をすれば・・・ 深層心理に「白人優位(人種差別)」があり、それが覆ることは「許されないこと」かもしれない。まして、日本で開発され韓国で生産される「ビデオ装置」で公正を保つなど『論外』だろう。 案外、ミスジャッジこそが『白人の尊厳を守る』最後の砦かもしれない。 しょうもない追記 野球も白人が作ったルールで運営されている。 「ホームランやファールの判定」「アウト・セーフの判定」など、ビデを判定すればはっきり分かるのに取入れようとしない。ミスジャッジの多くが「巨人に有利」に判定されていることからも分かるように「主観による判定」は『発言力の強い者に有利』に働くようだ。 |
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020225(月)■花粉症 | ||||||||||||||||
テレビCMを見ていたら、サルも花粉症になるようですね。 私も昨年秋に花粉症が発症し、調べてみたら「米花粉に激しく反応」していることが分かりました。なにせ、トロピカルな地域に住んでおり「可能性100%」です。 薬を飲み続け「いったん小康」を得ました。 ところが、年末に風邪を引きそれ以降「くしゃみ鼻水」が止まりません。そうこうする内、目がやたら「痒く」なり2ヶ月が過ぎました。風邪にして長過ぎる・・・と思い、ドクターに相談したところ「花粉症だろう」と言うことで、再び薬を服用するようになりました。服用を始めて2週間、やっと症状が治まってきました。 調べた訳ではありませんが、冬の主役は「ブタクサ」です。きっと、これに反応していたのでしょ。これからは、本家『スギ花粉』の登場です。この歳になって「花粉症」なんて・・・たまらんね! |
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020226(火)■雪印現象 | ||||||||||||||||
「020220雪印してる」で、製品の製造日や産地表示が「デタラメ」な事例が多くあるのではないかと書きましたが、その後も「この手の話」は枚挙にいとまが無いようだ。 私の住む大阪府でも、給食用の食肉の表示が、ほぼ「雪印してる」状態が発覚しました。なんと、輸入肉が「国産」でまかり通っていたそうです。 このような公への納入ですらデタラメなのだから、弱小スーパーへの納品など「何でもあり」であろう。こうなれば「覚悟して」値段で選ぶしかないだろう。ただし、高くても「良い商品」である保証は無い。値段で「こんなもんだろう」と納得するしかない! この「雪印してる」現象は、牛肉に限ったことではあるまい。 食品だけではなく、表示義務のある「あらゆる商品」で起きている現象ではないだろうか! 私は、罰則を知らないが「表示違反」で摘発されても、数万円の罰金刑程度だろう。違反により得る利益に対して罰則は「屁みたいなもの」で、違反を思い留まらす理由にならない。 雪印食品は違反発覚後、売上が2割に落ち込み「企業存続が困難になった」として、解散するそうだ。 上場企業が、それも「優良企業」といわれた雪印食品が、消費者の制裁で「僅か数ヶ月で解散」に追い込まれる前代未聞の事件となった。 ただ、これは雪印が有名であった故に「制裁が有効に作用」したものであって、無名な企業の違反ではこうは行くまい。所詮、表示の精度は「企業モラル」に掛かっている。なんとも「寒い話」ではないか! |
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020227(水)■ボキャ貧 | ||||||||||||||||
数日前の産経抄(産経新聞のコラム欄)に、ある通訳氏の言葉が紹介されていました。 それによれば、英語を勉強する前に「まず日本語を覚えなさい」ということでした。私は知らなかったのですが、「英語を公用語に」という運動があるそうで、それに対する警鐘も込められているようでした。 確かに、若者の日本語に対するボキャブラリーの貧しさは危機的に感じます。特に、若い女性の会話から「ウソ!」「ヘエ〜」「そうなんや・・・」の三語を省けば、会話が半減しそうです。また、インタビューを受けても「嬉しい・・・」と言ったきり後が続かない人が殆んどです。 1ヶ月ほど前のこと。 低迷の続く証券市場を活性化させる『画期的な提言』をする・・・とて、ある青年実業家がテレビで紹介されました。彼は、証券業界で「ホープ」と持て囃される(私は、全く不案内で分からない)そうで、その提言に聞き耳を立てました。 ホープ氏の画期的な提言とは! 「相続税を懲罰的に引き上げれば、資金が株式市場に流れる」 というものでした。あまりのアホらしさに、私は「開いた口がふさがらない」状態でした。同席していた評論家諸氏からも「失笑が漏れた」ことでもアホさ加減がわかります。 ホープ氏は「証券には詳しい」かもしれませんが、日本の経済や文化はまるでご存じないようです。 日本経済の底辺を支える「中小企業オーナー」の最大関心事は『如何に孫子に事業を引き継ぐか』にあります。懲罰的な相続税を適用すれば、短期的には証券市場に資金が流れるかもしれないが、中小企業経営者は絶望のあまり「経営を投げ出す」であろう。結果、日本経済は音を立てて崩壊する。 世界的レベルでみれば、現在でも我が国相続税は「懲罰的」と言える。3代相続が続けば「資産がなくなる」国は、スエーデンと我が国くらいで、共に「若者文化の衰退」が目立つ。 戦後、米国で受容れられない連中(共産主義者)が「GHQ」として、我が国で様々な実験を行いました。我が国の制度は「共産国家並」だと言われる原点がここにあります。 彼らは、様々な禍根を我が国に残しましたが、その一つに「金持ちの根絶」がありました。 戦後の改革は「旦那衆」と呼ばれる階層の生活基盤を奪い、その結果、我が国の「様々な伝統文化や産業」がパトロンを失ったのです。ヨーロッパは経済的に衰退した後も、なきに等しい相続税のお陰で貴族社会が続いたため「伝統文化を維持」したことと、我が国は対称的です。 我が国では「寄付の概念が希薄」だとして嘆く声が多いが、戦前には日本にも「足長おじさん」がたくさんおり、旦那衆の出す浄財が「社会の潤滑油」として機能していました。 旦那衆の根絶→伝統文化の崩壊→受継ぐべき文化の壊失→若者文化の衰退 こんな図式が私には見えてきます。 ホープ氏の「画期的な提言」は、僅かに残る日本文化にとどめをさすであろう・・・ 私はその日暮らしで「金持ち」とは縁がありませんが、金持ちを憎む気持ちはありません。むしろ伝統文化の保護者を失ったことが、若者の「ボキャ貧」に繋がっており、私は悲しく思っています。 追記1 前出のホープ氏は「裸の王様」であろう。 画期的な提言が、如何に底の浅いものか!指摘してくれる友人もブレーンもいないようだ。 追記2 当HPでは「難しい漢字が多い」と、若い方から指摘されたことがあります。やさしい言葉づかいに注意はしているのですが、漢字を避けると味が飛びます。また、諺は意識して多用しています。悪しからず・・・ |
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020228(木)■たまり | ||||||||||||||||
歳と共に「本家帰り」して、故郷(愛知)の濃い醤油味が「至上のもの」と感ずるようになりました。薄味の関西人が顔をしかめるような味ですが、やはり生まれ育った環境は変えがたいようです。 そこで醤油について書こうと思います。普段は、信憑性のないことでもヘッチャラで書く当HPですが、やはり調べて書こうとインターネットで検索してみました。まあ、『醤油』に関する記事の何と多いことか! 私が「醤油味」でも一際濃い味が好きな理由が検索を通じて分かってきました。 我が故郷では、「たまり」が使われていました。そこで、醤油より一段濃い味の『たまり』について触れてみようと思います。
以前「011227味噌汁」でも触れたのですが、この地方では「特異な大豆文化圏」と言えそうで、明らかに他の地域と違います。 dogfight注:私の故郷では、大豆だけで作る味噌を使用しており、味噌を作る過程で「下に溜まった汁=たまり」を利用していたように記憶しています。貧しい家庭で、溜まりだけをわざわざ作らなかったように思います。 次に、醤油のルーツを調べてみました。 中国原産説があるのですが、どうでしょうか?東南アジアには広く「醤油文化」があり、必ずしも中国と言い切れないと思います。我が国に限ってみても、「縄文時代起源説」まであり、地域では「我こそルーツ」だらけです、ようは正解が分からないと言うことです。 ただ、現代に流通する醤油のルーツなら、やはり和歌山県湯浅町が異論のないところだろうと思います。湯浅町のHP( http://www.town.yuasa.wakayama.jp/yuasa_7.html)参照 湯浅町で起こった「醤油産業」が、江戸時代に太平洋を伝播し、房総半島「銚子」で開花して現代に至っています。その間のことが下記のHPで簡潔に紹介されています。
醤油には随分種類があるようです!これもHPから拾ってみました。
我が故郷には、最も濃い味の「たまり」と、最も薄味の「しろ醤油」が作られています。いま、しろ醤油は「出汁」とブレンドし「しろ出汁」として、静かなブームを呼んでいます。MACでは、盆暮れの贈り物にこの「しろ出汁」を利用していますが、大変評判が良いようです。 |
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