dogfight高松の長すぎるひとり言
1999年10月

中日優勝に思う臨界事故庄屋屋敷のコンサート建築屋ローマは1日にしてならずテーマ昨日の出来事から動じないミニクーパーダンケの部屋ダンケの部屋塩とワイン違反建築のつけ秋の実りマンション設計濫觴時に流されてキャッシュレス時代+H3年半ぶりの続編核装備人前結婚違反建築のつけ2キセル防止モラトリアム商工ローン
991001(金)中日優勝に思う
昨夜、中日が優勝しました。
11年ぶり5度目の快挙です。朝を迎えても「まったく酔いが覚めません」
星野監督にとって2度目の優勝で、私の記憶にある4度目(与那嶺・近藤・星野・星野監督)の優勝です。
昨夜は行きつけの店で過ごしました。
カラオケはせず、ひたすら巨人−横浜戦を見ていました。中日が、まさに優勝しようとしている時も関西では放送がありません。巨人戦を見るしか「途中経過を知る」方法がありません。それほど、非巨人ファンは「野球ファン」と見なされない「放送界の常識」があるようです。多くの非巨人ファンが同時に「アンチ巨人」になる理由がここにあるのです。

巨人が横浜に破れ、中日の優勝が決まりました。中日は、ヤクルト相手に戦いが続いています。この時点でやっと放送が始まりました。せめて優勝を決める試合くらいは放送して欲しいものです。
踊る選手達……勿論彼らが勝ち取ったものであり、最も喜ぶ権利があるのは当然ですが、生まれながらのファンも嬉しいのです。祝勝会を見ながら、「目がウルウル」しています。

一夜明け、スポーツ紙を隅から隅まで見ながら再び「目がウルウル」させています。どん底の建築界で「日々耐えること」が常識の今、せめて今日だけは手放しで喜んでいたいのです。おめでとう。そして、ありがとう。

991002メールから追伸
 KS様 から
お便り有り難う。そして何より、ドラゴンズ優勝おめでとう。
私共夫婦も長年のファンです。今年は最高の年です。
先日も横浜で5時間半の熱戦を応援しました。
東京へ来て3年目。通勤電車の中で、巨人一色の関東勢力の中、トウチュウを広げ、中日の驀進振りとF−1記事を読むのは最高の楽しみです。
 HN様から
中日の優勝にお喜びの様子おめでとうございます。
僕自身は野球などのスポーツを観ないのでその嬉しさについてあまりわからないのですがウルウルするほどのものなのですね。
 YY様から
中日、ついに優勝しましたね。
今シーズンは始めから順調に勝ち進んで頼もしい限りでした。
優勝の夜はテレビの特番が予定されており、もう一度喜びを噛みしめようと思って いたのですが、いつの間にか東海市の事故放送に変わってしまいました。 事故に遭われた方には申し訳ないのですが、中日の優勝の影が薄れてしまう。もっと 優勝のニュースを取り上げてよって思ったのは私だけでしょうか・・・。
 FT様より
中日優勝おめでとうございます!
中日に対するあふれんばかりの情熱、しかと受け取りました。
行間に貴公の涙が滲んでおりました。 ・・あ、いや、ちゃんとHPチェックしてますんで、 メールで送られなくてもちゃんと読んでますってば^_^;

さて、今年は記念テレカなぞ作ったりしないのですか? あるのなら買いますよー。 何、日本シリーズ優勝まで待てって?欲張りだなあ。
 ST様より
野球は盛りあがりましたか?
名古屋は中日の優勝で大騒ぎです。デパートはもちろん 小さなお店までみんなセールです。星野監督にちなんで 777円均一とか、セットで1001円とか、今週末まではすごい 賑わいでしょうね。
 TS様より
ドラゴンズ優勝おめでとう。お互い感激ひとしおといったところです。
ドラゴンズ優勝で、今、息子夫婦と飲みに行ってきたところです。優勝が口実でも、息子と飲むのはいいものです。
 MO様より
ドラゴンズ優勝おめでとうございます。といいましても、私のほうは「まだプロ野球やってたの?」
てな感じで今年も終わってしまいました。
ジャイアンツも後半地力を出してきましたが、優勝への執念が違っていましたね。何せ粘り強かったです。
 MN様より
中日の優勝、おめでとうございます!
高松さんのような熱烈なファンに支えられる選手たちは幸せですね。大阪はもちろん阪神ファンが多いのですが高松さんは名古屋にご縁がなにかおありなのでしょうか?実は名古屋にいるメール友達からやはり喜びの声が届けられました。
中学校は野球部だったぼくですが、最近は一喜一憂することに疲れたのか何なのか特にどこを応援することはないのですが巨人以外のところに勝ってもらいたいという気持ちですのでまずは、よかったというところです。
991003(日)臨界事故
ロジカルに「覚える」のは何でもないのですが、「無条件に覚える」のは苦手です。
人の顔を覚えるのも「視力の悪さと」合まって苦手、名前ともなればもっと苦手です。読書も、内容は一度読めばデータバンクに収納できるのですが、インデックスがありません。だから作者名や作品名をすぐ忘れてしまいます。おかげで、年に数冊はダブって本を買っています。

5年以上前に前に読んだ、フレデリック・フォーサイスの作品(名前は忘れました)に、「ソ連から小型の核爆弾を分解してイギリスに持ち込み」テロの材料にする小説がありました。その時、
 @ 核は臨界量に達しなければ爆発しない
 A だから核爆弾は、普段は分離されており
 B 爆発させたいときに「合体する」よう作られている
ことを知りました。
東海村でおきた臨界事故(レベル4)は、装置を使ってさえいれば「臨界量に達しない」のに、手作業で「臨界量を越えた」ことによって起きています。
どうしようもない「人災」で、その後の報道によれば「組織ぐるみの犯行」になるようです。
これの意味することは、「核物質を集積すれば臨界に達する」と言う、私でも知っていることを「現場の作業員が知らなかった」ことになります。

信じられないけれど「何処にでもある」ような恐さがあります。
マニュアルは教えるけれど、その「根拠」を教えないため、何十年と同じ作業をしているベテランでも、裏付けとなる知識を持たず(結構あると思う)、慣れから杜撰な事故を起こす。どんな世界でも起こりうる事故なのでしょうね。
991004(月)庄屋屋敷のコンサート
早々と秋の便り(写真)が届きました。豊橋の岡本さんからです。豊橋の裏山から浜名湖を見渡す風景に「秋の象徴・ススキ」が美しい。
昨日は、突然気温が下がり初冬の趣でした。最高気温は18℃。
昨夜、庄屋屋敷(近畿探訪・大阪編参照)でジャズコンサートがあり、行ってきました。「400年前のお屋敷とジャズ」変わった取合せですが、素敵な「ミスマッチ」です。
古いヨーロッパの伝承に「コンサートホールは木で作れば大丈夫」と言うものがあります。余分な反響音で、高音域は客の衣類が吸い取ってくれます。そして、低音域は「木」が吸い取ってくれるからです。この言葉に間違いなかったようで、ジャズマンは「枯れた音」と表現していましたが「庄屋屋敷の音響は素晴らしく」150人の聴衆を魅了してくれました。
ジャズマンの素敵な音としゃれたトークで、肌寒い「秋の夜長」を楽しんできました。
991005(火)建築屋
自分のことを「建築家です」と称する自信がありません。
私は、職業を聞かれると「建築屋です」とお答えします。多くの方はそれで終わるのですが、たまに詳しく聞かれる場合「設計士」で了解されます。

もとより「建築家とは」と言った定義はないと思うのですが、それらしいものを考えてみます。
 @ 高学歴でメジャーな設計組織(有名な研究室や作家設計事務所)に所属し、
  ○○先生の門下生と呼ばれる経歴を持つこと
 A 自他供に「芸術的センスに優れている」と認め、積極的に作品発表を行う
 B 向上心(有名になりたいと言う)を持ち、常に自己アピールを心掛ける
こんなところでしょうか。「高学歴云々」は安藤先生のように例外もいらっしゃいますが、引込み思案で有名な方はいらっしゃいませんから「向上心」に関して例外はないようです。
このように、私に欠けたものばかりです。だから、建築屋の呼称が似合っています。
それでも若い頃、建築家を夢見ないわけではありませんでした。就職したのは準作家事務所でした。また、父が戦前(旦那衆であった頃)丹下健三先生のお父上をお世話したことがあるとかで「入門」を許されたこともありました。しかし、入門の面接(先生には直接お会いしていません)をした頃から違和感を感じ、「自分に建築家は向いていない」と思うようになりました。
更に、早く結婚したことが諦める直接の引き金となっています。今もそうですが、作家事務所へは就職と言うより「入門」と言った方が相応しいのです。給料は「ない」か、あるいはスズメの涙です。とても家族を養えるものではありません。

建築家の条件で「芸術的センス」を上げました。しかし、私がこの世界に入った頃の建築家は、「たぐい希な建築技量」を併せ持っていたように思います。
わずか35年前のことですが、信じられないほど「既製品が無い」時代でした。サッシや家具、照明器具も既製品がなく、「設計図」として作成するのが当たり前でした。だから、「たぐい希な建築技量」を持たないと表現できなかったのです。
今はスタッフや既製品の充実で必ずしも必要で無くなったように思います。
明治村へ行くと「先達の技量」に脱帽します、そこは「なにもかも手作り」の世界です。あの時代に、私がタイムマシンで行くことがあれば、ただただ「無能な建築屋」にすぎないでしょう。先達に少しでも追付ける「建築屋」になろうと心がけています。
991006(水)テーマ
この1年余り、エッセイまがいを書くことが日課(習慣)となっています。
ほぼ毎日となると「テーマを探す」のが大変と思うのですが以外と苦労していません。その日にあった事象をごく自然に書いており、書き進んでから途中で「表題」を決めています。
そんな訳で、私にとって日記みたいなものになります。
ただ、後で読み返して「行動記録」となっているかどうかは別です。仕事上の物理的な出来事は、ドキュメントになりうると思いますが、心の微妙な流れを書き綴った日など、数日で分けがわからなくなります。
先日「親子」の表題で書いています。あの日、無性に故郷が恋しくなり、父のことを思い出していました。何故、そんなに故郷が恋しかったか?もう分かりません。
高校時代から書き出した日記が十数冊(年1冊に限っていません)あった(結婚するとき燃やしました)のですが、やはり同じような形式だったように思います。
歴史上有名な人物で「人に見せる日記」を書いた人物もあるようです。しかし「ホームページで公開する日記」は、マイナーだから出来ることと思っています。素晴らしきマイナーを楽しんでいます。
991008(金)ローマは1日にしてならず

今年「電子の遊び」を覚えたため、読書量が例年より半減しています。おそらく1年で100冊程度に留まりそうです。
 
宮城谷昌光氏の「春秋の名君」を読みました。
宮城谷氏が作品を書く間の「心理的な出来事」を随筆風にまとめたもので、この中で、司馬遼太郎氏と藤沢周平氏が「心の師匠」であったことが書かれています。
宮城谷昌光氏は私とほぼ同年で、高校は豊橋にある時習館高校の出身です。我が母校とは、元連隊の同じ敷地にあり、きっと何処かですれ違ったこともあるのでしょう。
思えば、読書の習慣がついて30年余。好きな作家が、次々にお亡くなりになる歴史であったように思います。
私は好きな作家の著作を「片端から読破」する習性があります。山本周五郎氏・海音寺潮五郎氏・池波正太郎氏・司馬遼太郎氏・藤沢周平氏と、次から次へと「この世」におさらばされ、もう新作とお目に掛かれないことは寂しい限りです。
山本周五郎氏の、本格的デビュー前の作品が発掘され「怒らぬ慶之助」と言う題名で短編集が発売されました。早速購入し、読んでいますが少しがっかりしています。
昭和18年「日本婦道記」で直木賞に押されたのに、固辞して後、次から次への作品発表していきます。この18年以降の作品と比べれば「各段に落ちる」内容のように思います。大変不遜ですが、「この程度なら、俺でも書けるかも」と思われるものすらあります。「ローマは1日にしてならず」の諺通り、文豪山本周五郎も初期にはこんな作品を書いていたのかと、ほっとさせられるものがあります。

文豪巨匠がお亡くなりになった今、前出の宮城谷昌光氏や佐藤雅巳氏、澤田ふじ子氏、宮部みゆき氏の時代に移ってきました。皆様のご活躍を期待しています。

991009(木)昨日の出来事から
 副作用
「カイイ〜ノ」現象に悩まされています。
心臓の発作防止薬を頂きに診療所に行きました。最近の症状を報告し、薬を変えていただくことになりました。心臓の方は4種類目の薬で発作もありませんし、火照りもなくなりましたが、「カイイ〜ノ」は酷くなる一方です。気なっていたのですが、言いそびれていたら、先生のほうから「心臓の防止薬とカイイ〜ノ」の時期的現象尋ねられました。今後薬を試しながら「私にあった物」を探す道が残っているようです。
 
中日スポーツ
故郷に住む姪から優勝した当日の「中日スポーツとビデオテープ」を送ってきました。流石は贔屓の引き倒しです。関西では考えられない「過激な内容」です。私は大変はハッピーです。
 
突然の来訪
K社大阪支店長K氏の突然の来訪です。K支店長は私と同年ですが、かって様々に助けて頂いた方で、本来なら私がお尋ねするべき立場です。
K社は大変由緒正しい北陸(富山)の会社で、小説「灼熱の隋道」に登場する「S工業」の本家にあたります。決して大規模ではありませんが無借金の堅実経営として有名な会社でした。この数年、お会いする機会がないままに過ごしており変化を存じませんが、世間並みに「荒波に揉まれて」いるようです。大変な時代になりましたね。
 
「1ルームマンション考」の余韻
一口に建築と言っても様々な方向性があり、優劣や正解を求める必要はないと思っています。この数ヶ月、メールを通じて懇意にして頂いています長村氏の進めもあり、オールドファッションの論文(1ルームマンション考)をサイトアップしました。
長村様から、マンション設計は「ノウハウとシステムの世界」と感想を頂きました。この言葉だけで、いかに長村様にご理解を頂いたか分かります。
古く、建築は「芸術分野」でした。芸術から建築が分離したのは、貴族(パトロン)社会が崩壊し、経済(商業ベース)重視の社会になったのが主な原因でしょう。芸術としての建築と、商業ベースの建築をいつか「個人住宅と共同住宅」のテーマにして論じてみたいと思います。
991009(土)動じない
よく「ものに動じない」と言われます。
このように書くと「無神経・大胆不敵」などと思われます。事実、私のことをそのように感じていらっしゃるよう方も多いと思います。しかし、自己評価は「細心・臆病」で、ついでで言えば「デリカシーもある」と言ったところです。
では、全て誤解に基づくのか?そうとも言えないように思います。おそらく、職業から来る習性が多いに作用しているのでしょう。
建築の設計をしていると、常に「問題」にさらされています。問題を提起する、或いは問題を見つけると言う作業があり、「その対応を常に重ねていく」のが、日々の暮し(設計業務)となっています。更に言えば、密度濃く「問題・解決法のシミュレーション」を行うことで、リスク回避が出来ると思っています。
日頃このような習慣のない(幸せな)方にはビックリするような問題でも、問題慣れした私には「そんなにあわてる必要はない」ことが多いため、「ものに動じない」と感じられるのではないかと思います。

設計は、クライアントのご希望を聞くことからスタートです。
しかし、長年この仕事をしてきて思うことは、「正確に願望をまとめているクライアントは稀だ」と言うことです。だからと言って、クライアントが建物に対し「夢を持っていない」分けではありません。正確に言えば、夢を箇条書きに出来るほど「纏められない」のだと理解しています。
クライアントの語る「夢の断片を繋ぎ合せ」見える形に纏めるは建築士の重要な仕事で、おそらく、クライアント以上にクライアントの夢を知っているのが設計者ではないでしょうか。
打ち合わせしていて気付くのですが、クライアントは「夢を語っている」つもりでも、プロセスを語っていることが実に多いのです。そんなときは「何故ですか?」と、質問しながら核心に近づくように誘導していきます。最終形(目的や夢)が見えたところで「こんな方法で貴方の夢が実現できるのでは」と提案し、プロセスを修正します。
相反する夢が出ることも多くあります、こんなときも簡単にあきらめないことです。「同じ結果が出る」プロセスを見つければ良いわけで、クライアントの混乱した「プロセスと結果(夢)」を交通整理すれば良いのです。だから設計士に、連想ゲームとイマジネーションは不可欠な要素です。
991010(日)ミニクーパー
昨日、末っ子が突然帰ってきました。そう言えば誕生日のはずです、これで満24歳。誕生日だから帰ってきたわけではなさそうで、どうやら、購入した車を見て欲しいようです。
 
末っ子は前科が多すぎます。
大学時代、バイトして10万円でスターレットを買いました。余りに「ボロ」で危険なため、私が半額負担して「スターレット(ターボ仕様)」の新車を買いました。どうもこれが間違いの元です。3ヶ月後に電柱にぶつけて大破、更に半年後に人身事故を起こしてクラッシュです。
ほとぼりが冷めて購入した「MR2」は高速道路で空中を飛び大破したそうです。享年8ヶ月。更にMR2を買って10日後に山中でクラッシュ。
3台合わせて、17ヶ月ほどの寿命でした。車の性能が良いのか?これだけ壊してもたいした怪我もせず済んでいます。ただ、膨大なローンだけが残りました。
性懲りもなく、更に援助を求めてきたときは「激怒して」追い返しました。
暫く、家に寄り付かなかったのですが、ようやく「スピード狂」から目が醒めたようです。何よりも薬になったのは「膨大なローン」ではないでしょうか。

末っ子が乗ってきたのは、中古の「ミニクーパー」です。よほど手入れが良かったのか実に綺麗で、思わず「新車か?」と尋ねたほどでした。およそ「エレクトロニクス」とは縁の無い車で、ドアロックや開閉は手動、パワステはありません。まさに『走るブリキ』と言った車で、至れり尽せりの日本車から見ると、「新鮮な驚き」と言ったところです。今度事故を起こせば、車が体を守ってくれることはなく大怪我をするでしょうが、それ以前に「スピードが出ない」ようです。1300ccのエンジンだそうですが、軽四にも及ばぬパワーしかなく車内も狭いのです。
でも、なんとなく「メルヘンな車」ですね、イギリス車の特徴でしょうか。
991011(月)ダンケの部屋
秋の便り第2弾が、豊橋の岡本さんから届きました。(左写真)多米峠から見る浜名湖です。
ダンケの部屋
http://village.infoweb.ne.jp/~danke/と言う、とっても音楽好き(だから職業にしてしまった)な若者(もうじき30歳)のホームページがあります。音楽と、それにまつわるエッセイ(?もある)で構成されており、私好みの「○○だけのHP」です。
その中に「正弦波からノイズまで」というエッセイがあり、ビックリするくらい真面目に書いています。大変面白い内容で興味がわきました。ダンケ君、もしこのページを読んだら回答を下さい。

991012返事があったので追記します。
すいません、私は実は、某S社でソフトウェアを作るのが本業です。 安定収入を選んでいます。音楽は、没頭していますが、趣味です。CDも趣味で作りました。(隠していたわけではありませんが・・・)一応、趣味がてらに自分の作った曲を、 いくつかの我が社のソフトに使ってもらったりしてはいますが・・あと、もうじき30は余計ッス。
「ビブラート」って日本人に多いですよね。
 そこで質問1
正弦波とノイズの観点から見れば「どんなポジションになる」のでしょうか?想像ですが、グラフで書くと「波形の中心線」が軸線と微妙に振れている状態かな……?
ビブラートって、音が揺れてるように聞こえますよね?
ビブラートは、「音程が(音量も少しだけ)小刻みにゆれている」状態です。どれくらい小刻みかというと、人の耳で聞いて「あー揺れてる揺れてる」ってわかるくらいですので、この「ゆれる周期」というのは、音自体の波の周期(普通の高さで一秒間に500回くらいかな)より、とても遅いです。(一秒に10回も揺れれば大したもんでしょう)
ですので、音色を見るときから、グラフの横軸スケールを変えてやる必要があります。
音程は「波形の周波数」で決まるわけですから、ビブラートかかった人の声を波形で見ると、だいたい「波全体の周期幅がちょっと広くなったりちょっと狭くなったりする」っていう感じになります。(ぜひグラフで説明したいところなのですが・・・)

日本人には滅多にいないけれど「正確に音(声)を出す」人がいますね。例えば、ユーミンみたいに、入りでいきなり「所定の高さ(音)が出る」人(あの「シンセサイザーみたいに」歌うやつですね)がいます。音楽の専門家から言えば「当たり前」かもしれませんが、日本の歌手のほとんどが、ア・ア〜と上げていきながら所定の音になることが多いですね。これを「味がある」と言う人もいるくらいです。
 そこで質問2
黒人さんの歌は、当たり前に「いきなり所定の音」を出しています。なぜ日本人は苦手なのでしょうか?
これに関しては、いくつかの答えが考えられますのでしょうが、私なりの結論を述べておきます。
「なぜ日本人は」という問いなので、歴史的に見てみましょう。
確かに、日本古来の歌には、「スローテンポ」な曲が多いです。そして、太鼓やツヅミといった打楽器もあるにはありますが、これら打楽器が速いテンポで伴奏したとしても、歌う人がスピーディーでリズミカルに歌うメロディーはほとんどありません。つまり、「リズム要素を重点に置いて作られるメロディーが少ない」のです。
さて、なぜでしょう?
これは、少なからず、日本語の発音体系に理由があります。日本語は、「一音一音に母音と子音がセット」になった、「ぶつ切りの構造」になっています。これに対し海外のほとんどの言語は「子音のみが存在」し、日本語よりも「流れるように発音される」のです。
たとえば、「ありがとう」は、5つの音節がありますが、「Thank You」は複雑そうに見えて、聴いてみると「サン」「キュー」と2つの音節に聞こえます。あきらかに日本語より「流れて」います。
これに関しての詳しい説明は、「なぜなにおんがく4章」で書かせていただきます。

このせいで日本では、「リズム要素に重点を置くメロディー作り」よりも「音を伸ばしてる間に、いかにそれを表現して聴かせるか」の技術が発達してしまいます。これがこぶしやビブラートです。伝統芸能です。
この怨念から抜けるために(日本語ではロックやラップが難しい)、各ミュージシャンは本能的にせよ意識的にせよ、いろんな努力をしています。これも4章に具体的に書くつもりです。(私は、こぶしが染み付いて離れなくて困っています。)
ユーミンの歌が特異に聞こえるのは、あおフラットな声と正確な音程が原因なのでしょうか?
日本人ぽい歌い方を極力排除した歌い方と、それにあったポップな歌そのものとの相乗効果と思われます。ユーミンがスローテンポな演歌を歌うと、すごいことになるでしょうね。聴けたもんじゃないでしょう。
 話題を変えて
「音付きのホームページを作ろう」に行きました。何せ、文字しかないHPを持っていると、少し「色気」が欲しいと思うこともあります。「Dogfightのテーマ」なんかが流れたらと思って読んでみたけど、まるでチンプンカンプンです。もっと、素人でもわかるように書いてヨ(もっと日本語を勉強しろ!!!)
まったくです。
ホームページビルダーなどを使わずに、HTMLファイル(ブラウザの中身を書いてあるファイル)を、直接編集する人しかわからないことを書いてしまいました。自分がコンピュータに近い位置にいる人間だと、もうちょっと意識する必要がありそうです。

991012追伸
分かりやすい回答をありがとう。知らないことを「書けば丁寧な答えが帰ってくる」楽しいですね。
991013(水)塩とワイン
中世から近代にかけてヨーロッパを席巻したパプスブルグ家(オーストリア・ハンガリー帝国)の富を支えたのは「塩」でした。今も地名に名残があります。もっとも有名な観光スポット「ザルツブルグ」や、ドレミの歌(ミュージカルの題名が思い出せない)の舞台となった「ザルツ・カーマングート」などです。
 
25年前、建設工業調査会の視察ツアーに参加し、ヨーロッパ各地を1ヶ月見学しました。費用は、当時勤務していた会社から出ており大変感謝しています。
一昨年「ドイツ・オーストリア」昨年「スペイン」と社員を連れて旅をしてきました。当然、25年前とはひどく違う印象の旅となりました。私自身「油が抜けて」淡白な気持ち(「仕事だ」と気負い込まずに)で見られた旅は良かったと思っています。

ヨーロッパの需要を賄うほどの塩の産地も泣き所がありました。神様の「按配の妙」と言うべきでしょうか。それは、砂糖が取れないと言うことです。原料となる、砂糖黍や甘しょ芋は、気候の温暖な地域でしか栽培できません。
ヨーロッパのどの地域でも「美味しいワイン」を楽しむことができます。
ドイツはビールだけではなく、ワインもとっても美味しいのです。ただ、高級ワインになるほど「口に合わない」ものが増えてきます。それは、「甘いほど高級」とされるためです。特に、冬枯れするまで葡萄を熟成させて作る「アイスワイン」は、シロップの原液を飲むほど「甘さ」があります。
塩が取れない地域では、ソルト(塩)を語源として「サラリー(給料)」が生まれたように、ここでも「無いもの」が崇められる文化に気付きました。
昨年、旅したスペインでは、「甘さに対する信仰」はなく、ワインも「値段に比例して美味しい物」を味わうことが出来ました。

25年前は、塩とワインの文化の差に気付くことなく終わってしまいました。昨年の今頃「スペインにいたのだ」と、ふと思い出して書いてみました。
991014(木)違反建築のつけ
友人のY弁護士から、助言を求める電話がありました。依頼人Aさんは一級建築士で建築設計事務所を主催なさっているそうです。施主からAさんは訴訟を受けており、Y弁護士はその弁護人となっています。Aさん自身が専門家で、降りかかる火の粉を自分で払えばよさそうに思うのだが、イマイチ「能力不足」と言うのが現実のようで、私にお鉢が回ってきました。
そこで、上申書(Aさんの書いたもの)と訴訟資料(施主側)を取寄せ読んでみました。
上申書によれば、最初から建蔽率(敷地に対する建築物の面積割合)や容積率(同、延べ面積の割合)違反を目的として、申請用と施工用図面が作成されており「典型的な違反建築テクニック」が用いられています。しかし、施工途上から施主の態度が豹変し、今回のトラブルに発展したとあります。このような違反は、建築士のスタンドプレーで行われることはまず有得ず、施主の要望(中には強制)による場合がほとんどです。
 
では、施主の要望で「違反建築をしました」と言う言い分が通るであろうか?残念ながら答えはNOです。一級建築士は建築士法で指導的立場を要求されており、共同の「違反行為」と言えども一級建築士に全て責任が被さってきます。
更に問題が表面化した時点で、施主が「私は何も知りませんでした」と、素人に変身することも肝に銘じておくべきでしょう。
つまり、A氏が「違反建築」の設計を請け負った時点で、敗北が決まっていたと覚悟するべきです。
次に、訴訟資料について触れてみます。
工費3250万円、設計監理料175万円に対し、2670余万円の支払請求訴訟となっています。工事費の実に82%に及ぶ請求で、無事な部分がほとんど無かったことになります。また、設計料総額175万円に対し実に15倍を超えます。事実上無制限な補償要求で、このような請求に耐えられる設計報酬は我が国には無いでしょう。

このような「法外な請求理由」として、次のようなことが挙げられています。
上申書に述べられた「共同謀議による違反の最たるもの」にまったく触れずに、「違反建築だから欠陥である」と言う理由が延々と続いています。
建蔽率や容積率は集団規定と言って、地域の環境を守る意味合いがあります。違反建築と一口に申しますが、集団規定違反は「A級戦犯」に相当します。一般論で言えば、このA級戦犯を犯せば、後は「毒食わば皿まで」で徹底的に「違反をする」のが普通です。施主も承知の上でA級戦犯を犯しながら、軽微な違反まで「欠陥」の理由としてあげているのは笑止です。
どなたにもお会いしていませんが、迂闊な建築士と強か(したたか)な施主と言う図式が見えてきます。およそ、世に違反建築の種は尽きまじで、7割が「違反建築」とご理解いただいて差し支えないと思います。もし「違反建築=欠陥建物」関係が成立つような判決が出れば、世の中はパニックになるでしょう。

次に、工事上の欠陥として様々な事例が挙げられています。これらを見ていて感じたことは、ひどく予算不足で「必要なものすら削る」状態ではないかと思われることです。
「最低限度の建物でよい」そんな約束でスタートした物件ではないでしょうか?しかし最低限の見解が人により異なり、大変揉める要素です。今回の事例では、後になって第3者が現われ「最低限度」を決めてから「欠陥」と決め付けています。これは、事後法による裁判と同じです。おそらく「最初のコミニュケーション不足」が原因でしょう。ちなみに、犯人探しになれば被告は不利でしょう。
およそ、建築は「単品生産/注文生産」が原則で、工業製品のように試作試験等を重ねた完成品と異なり、必ず瑕疵を内包しているとお考え下さい。従って、許容範囲内で瑕疵を押さえる努力が必要で、コミニュケーションも大切な要素となります。一端こじれると、許容範囲が霧散し憎悪の対象となりますし、訴訟に発展すれば「決定的なハンディ」となります。なお、無謬性を証明することはほとんど不可能です。

更に、言外の脅迫があることを覚悟するべきです。現在は「民事」のレベルですが、仮に「監察(違反建築を取締る部署)」に連絡されれば、Aさんは集団規定違反をおこしており、軽くて「2年の業務停止」下手をすれば「資格剥奪」になります。被告側が有利になれば伝家の宝刀を抜く可能性があること念頭に置くべきです。
(罰則は大阪府下の一般的事例です。なお、施主が罰せられることはまずありません)
このように、最初からハンディがあるのに、工事そのものもかなり杜撰であったようです。私なら考えられないような「ミス」も目立ちます。
残念ながら,Aさんをお助けすることはできそうもありません。民事で丸裸(財産を失う)になるか、刑事訴追で資格を失うか、どう転んでもろくなことになりそうもありません。
辛らつに言えば、Aさんが一級建築士であったこと自体が間違いであったと思います。私は同業者としてこのことを悲しく思います。
991115(金)秋の実り
10月も半ばと言うのに、最高気温が30℃を越す日が1週間も続きました。それでも、朝晩は冷えることもあり、コタツとクーラーが同居する変な気候です。
誰もが感じる異常気象の中、「秋の実」が確実に出来つつあります。
誰も手入れをしない、税金のがれの「忘れられた柿畑」が、雑草に埋もれそうになりながら今年もたわわに実をつけています。
大阪府の木に指定されています、イチョウに「銀杏」がたっぷり実りました。全ての実が落ちた頃、イチョウは鮮やかな黄色に模様替えをします。
西暦2000まで後70余日。やがて、イチョウが「黄金の絨毯」を敷き、その上を冬がやってきます。今年もあっという間に通り過ぎて行くのでしょう。そして、52歳の冬を迎えるのです。
991016(土)マンション設計
私の恥からお話します。バブル崩壊を挟んで、事実上事務所を一度解体しています。最後の従業員となったH君も、「マンションの設計に飽きた」と言う捨て台詞を残して去っていきました。今から9年前のことです。
おなじ頃、業績悪化に苦しむマンションデベロッパーが、作家事務所の先生にマンションの設計を依頼し、「○○先生設計のマンション」と言うコピーで客を集めようとしたのです。営業的には成功したのですが、完成後のホローに翻弄されました。個人住宅の設計をさせれば「流石は…」との評価を得る先生方は、個人住宅が集まったものが「集合住宅(マンション)」と考えたのだろうと思います。
 
多くの方が「個人住宅が集まったものがマンション」と言う概念をお持ちだろうと思います。法規もこの概念で作られています。しかし、設計という観点から見ると個人住宅とマンションは「似て非なるもの」と言えます。たかがマンション「されどマンション」そこにはやはりノウハウがあるのです。
新聞の折込広告等で、マンションの間取りをご覧になることは多いと思います。
左右対称形のモノが多く、安直な感じを受けられる方もいらっしゃると思います。では、左右対称を崩せばどうなるでしょう?きっと大変な問題になるでしょう。何故か!
洗濯機の音、トイレの洗浄音等「生活騒音」はどうしても発生します。寝室の隣が戸境壁を挟んで、「お隣のトイレ」等と言う設計をすると、必ず苦情が出ます。だから、上下左右このような音の発生源位置を集約し、苦情が出辛い設計をしていくと、最も良い形が「左右対称」になります。勿論コスト面でも有効です。

マンション設計はコスト戦争でもあります。
上記の生活騒音も、「常軌を逸した分厚い壁」で仕切れば解決できることは誰でも分かります。しかし、これではコストが際限も無く上がってしまいます。「ユーザーに少しでも安く提供」するためコストを削減しつつ性能を確保する、これが常について回る命題です。
10人寄れば、それぞれに「生活感」が違います。個人住宅ならば、クライアントに的を絞り「錐で揉むような鋭い」検討が出来ます。マンションでは、生活感の違う人々を想定して「最大公約数」を追求する必要があります。まるで個人住宅と異なる要素があるのです。
前出の作家事務所の話に戻ります。
先生方は、「個人住宅が集まったものがマンション」と言う概念で、左右上下の観点をお持ちではなかったようです。個々のプランを見れば「流石」と思わせるものがあるのですが、トータルすれば「問題点の固まり」になってしまったようです。

私個人の出来事でお話します。
バブルが弾け、仕事の確保に苦慮しているとき、マンションデベから「影武者」の要請がありました。某先生の構想に基づき「某先生に成代って」図面を引く仕事です。先生にお会いして資料を拝見しました。構想は斬新で「私では、こんな発想は出来ないな…」と思うのですが、何故か「生活感が伝わってこない」のです。勿論上下左右の配慮はありませんし、収納と言う概念も見当たりません。そんな訳で、「150項目ほどの質問状」を出したところ、先生は激怒され「それっきり」になりました。

近年、ラーメンがブームになっています。
どの街にもあるラーメンですが、奥深いものがあるようで、オリジナルな味を引っさげて、若者の評価を待っています。「たかがラーメン、されどラーメン」です。きっとマンションは料理におけるラーメンなのだと思います。
何処でも見られるマンションですが、工夫の塊です。長くマンションの設計を手がけていますが「奥義を極めた」とは思えないでいます。私には、まだまだ奥の深い存在です。
991017(日)濫觴
好きな言葉に『濫觴』があります。
余り、聞きなれない言葉と思いますが「杯から溢れ出た水」も、集まればやがて「大河をなす」さまを言い、物事の始まりを意味します。
広辞苑より:らん‐しょう【濫觴】‥シヤウ
[荀子子道「其源可以濫觴」]−揚子江も水源にさかのぼれば、觴(サカズキ)を濫(ウカ)べるほどの小川である意。物の始まり。物事の起原。おこり。もと。「近代医学の―」

物事の始まりを意味しているのですが、始まりであることを「意識していない」ことが好きなのです。ずっと後になって、「あの時、こんなことがあったやろ。あのおかげやネン」と言うように……
濫觴から少し発展した状況を「揺籃期」と言い、皆様に馴染みの言葉となります。
広辞苑より:ようらん‐き【揺籃期】エウ‥
ゆりかごに入っている幼少の時代。転じて、物事の発達の初めの時代。揺籃時代。

「固定客が増えタン?」こんな質問が長男からありました。
最近、文体が変わったことと「内容に変化」を感じるそうです。文体は「……である」から、意識して「……です」に変えています。内容の変化は、誰かのリクエストに応えてテーマを決めているような印象があるそうですが、それはありません。
余り、考えたくないのですが「定期的に私のサイトにアクセス」して頂く方がどのくらいいらっしゃるのでしょうか?
大変、欲目に見積もって、「週一ペースの方が10名程度いらっしゃる」のではと、感じています。何せ、これだけ「次から次へと」文字の羅列では、余ほど面白くなくては「毎日読む気になれない」だろうと思うのです。
約10名の方のうち、建築関係は2名であろうと思っています。あとの方は「非建築」で、私の普段の交遊関係とほぼ同じ比率です。テーマの約3〜4割が「建築絡み(建築あれこれ雑記帳)」の内容ですが、出来るだけ専門用語を排除し、どうしても使用せざるを得ない場合は「説明を付ける」ようにしています。ただこのスタンスは日常生活でも同じです、『専門用語で煙に巻く』方もいらっしゃるようですが、あれは『未熟の証明』と思っています。

余談です。
私の青春時代は「70年安保」とダブります。アジ演説に登場する『彼らだけに通用する専門用語』を聞きながら、学生運動を冷ややかに見ていました。もし、私が学生運動(そんな余裕はありませんでしたが)をするなら「わかりやすい言葉で語りかける」のにと、思ったものです。
なにか目的があってサイトを開いたのか!そんな意識はありません。
日々の出来事から題材を拾いエッセイまがいを書いていますが、何処かで誰かの「お役に立つ」ことがあるかもしれません。私の知らないところで「濫觴」になっていれば楽しいなと思います。
991019(火)時に流されて
時が恐ろしいほどの早さで流れていきます、歳と共にその速さを増しているようです。そして、時の流れに逆らうの止めてしまっている自分に気付きます。
今年もはや10月の半ばを過ぎようとしています、そして「あっという間に」年末を迎えるのでしょう。そんな私には、この1年を振り返るのが決して早いと思えないのです。

昨年の今頃、私は迫り来る経済危機に悩まされていました。この1年、忙しく過ごしたにもかかわらず少しも改善されていません。体質として随分スリムになったのに、まだ努力不足のようです。
体調も大きな変化をみました。この1年で「一生ものの持病」を二つも抱えました。異形狭心症とアトピーです。私は薬アレルギーが強く、以前入院したときも解熱剤と抗生剤が(拒否反応で)思うように使えず、ドクターが苦労なさっていました。「カイ〜ノ現象」は、太陽犯人説や老化現象等様々でましたが、狭心症の発作防止薬の服用と時期が一致しており『副作用の可能性』を否定できません。いま、お世話になっているドクターも大変気にして、薬を変えながら副作用を押さえる試みをなさっています。心臓発作は命に関わるので、「カイ〜ノ現象」は甘受する覚悟です。
「カイ〜ノ現象」が辛いので、お酒は出来るだけ飲まないようにしています。飲めば血液の循環が良くなり、非常に「カイ〜ノ現象」がきつくなります。お付合いで(決して酒が嫌いなわけではありませんから)飲んだときなど急いで家に帰り、25℃程度の水シャワーを浴びて、体温を下げます。鳥肌が立つほど冷えてから、ザッと拭き「保湿クリーム」をすり込んで、カユミ止め(余り効きません)を飲んで休みます。それでもカユミで夜中に目が醒めることが多く、寝不足の原因になっています。アトピーの方が風邪をひきやすいのは痒さから逃れるため「体温を下げる」ことをするからなのだと納得がいきました。

イヤなことが多かったこの1年ですが、電子の遊びを覚えたことは『人生の楽しさ』を教えてくれました。案外、人の一生はこのように帳尻が合っているのかもしれません。
991022(金)キャッシュレス時代+H
休憩で入った喫茶店の窓から「クレジットカードのコマーシャル」が見えます。インターネットビジネスが喧伝され「目の前にキャッシュレス時代」が来ているように言われるけれど本当でしょうか。

大阪で暮らしていると、財布の中はカラッポでもカードがあればなんとなります。
以前、なりゆきで郡上八幡に行ったことがあります。予定外のことで、郡上八幡に着いた頃は「現金が底をつく」状態でした。それでも「カードがあるさ」と思っていたら大間違いで、まるで相手にされません。タクシー無線のお世話で「カードの使える店」を探して急場をしのいだことがあります。友人にこのことを話したら「地方都市では良くあること」だそうです。
 
昨年、スペインに行きました。有名な店か大きなお店しか「カード」は使えません、それもVISAカード以外は使用できません。お陰で、私のカード(VISA)は引っ張りだこでした。ヨーロッパでも、カードはオールマイティーではないようです。
反面、一昨年に行ったドイツの田舎町の売店で、欲しい小物があるのに「ドイツマルク」の手持ちが無く困っていたら「カードOK」と言うので、小額でしたが買い物が出来ました。どうも「民度」と大きなな関係があるように思います。
中国では、めったにカードは使えません。それどころか、奥地に行くと中国の通貨すら使えないところがあるそうです。
息子がアメリカに長期出張するとき、VISAとマスターカードを作るよう会社から指示があったそうです。滞在期間中も問題なく使えたカードはこれだけで、日本のように「溢れかえらんばかりのカード」ではないようです。こんな風に個々のことを拾ってみれば、「キャッシュレス時代」はまだまだと言うところでしょうか。

 
若い人大好き人間の私ですが、彼らを「よく理解できる」と言うわけではありません。むしろ、解らないことだらけです。先日も、20代半ばの娘達と話をしていてビックリしました。私を「人畜無害」な存在として話してくれたことです。
「愛の証としてHがある」と言うのです。デートの大きな目的の一つでもあるそうです。私のような昔人間には「愛情の帰結としてHがある」と思うのですが、まず「Hありき」だそうです。そのくせ体験した男性数が「10人以下では恥ずかしい」とも言います。思わず「そんなアホな」と言ってしまいました。「愛の証としてのH」と「数を競う」ことがどうしても結びつきません。
この娘達の風潮が、「今時」を代表するとは言いませんが、少数派でもないようです。彼女たちが結婚する頃は「百戦練磨」のSEX戦士になっているのかと思うとゾッとしました。これから、親として「娘を持つ」ことは勇気が要りそうです。
991022(金)3年半ぶりの続編
年半ぶりに続編が出版された小説があります。「待ち焦がれた」などと言う提灯記事もありましたが、出版界はこんなに甘い世界なのでしょうか?

医者と言えども客商売となった昨今、出版界は大名商売を続ける最後の業界でしょうか。(出版界も何かと不況の影響を受けている筈だけど)作家には「読者を大切にする」感覚が無いのでしょうか?
「終わったはずの小説が予期せぬ続編を書いて」なんてことならあるかもしれないけれど、最初から「続く」と表記し「読者に気を持たせて3年半」フザケタ商売もあるものです。こんなことが許される業界だと初めて知りました。
991022(金)核装備
西村防衛政務次官が辞任しました。週刊誌で「核兵器の所有について論議しても良いのではないか」と発言したためです。論議の可能性に言及しただけで自任に追い込まれるほど、我が国で「核」はタブーとなっています。
しかし、我が国は外国から「潜在的核所有国」と見なされていることは案外知られていません。だからこそ、核拡散防止条約批准を急かされたし、毎年「核査察」を受け入れてもいます。
核が「兵器」となるのは、@核物質の集積A弾頭開発B運搬手段の確保、以上3要素が必要です。
ある軍事アナリストによれば「我が国には3000発分のプルトニウムがある」そうですし、H2ロケットはペイロードが5TONもあり、ICBM(大陸間弾道弾)にいつでも為り得るのものです。弾頭は「理工系の大学生であればできる」と言われるほどで、別の軍事アナリストは「3ヶ月あれば日本は核兵器を保有できる」と言っています。

東西冷戦が終結し、重石の外れた北朝鮮・パキスタン・リビヤやシリヤと言ったテロ国家が核開発に現を抜かす時代ともなれば、もっと「潜在的核所有国」と見られ、核抑止力になればと思います。
991024(日)人前結婚
昨日、甥の結婚式がありました。泊まりのつもりで出かけたのですが、親戚付き合いの苦手な私は日帰りしてしまいました。おかげで(疲れて)昨夜はぐっすり休みました。
若い人の文化は多様化しているようです。
甥の結婚式に出たのですが、普段と勝手が違いまごつきました。
2番目の姉の息子の結婚式です。
「直接式場に向かうから」と連絡したのですが、「まず家まで来て」とのこと、指定の時間ギリギリに姉の家に着いて驚きました。この地方の風習で、花嫁さんは「嫁ぎ先の仏壇に報告」してから式場に向かうそうです。ご近所も集まってごった返しているところに着いてしまいました、風習を知っていれば「早く行くのに」と反省。

親戚紹介も式典も無く披露宴会場に案内されました、何のことかさっぱり分かりません。出席者全員が席についたところで、新郎新婦の入場です。介添え(仲人)もいらっしゃいません。
司会役から「人前結婚」の宣言がなされ、証人のもと『三三九度の杯』と『婚姻届捺印』がすみ、式典の終了です。神の前ではなく、出席者全員に誓うと言う意味の「人前結婚」だそうです。聞けば最近多い形式だそうです。わずかな時間のセレモニーに大枚をはたく結婚式に批判的な私は『これもいいか…』と感じさせるものがあります。ただ、荘厳さにはやや欠けるのは止むを得ません。

昨年の甥の結婚式でも感じたのですが、新郎新婦の友人達と親族の行動パターンがあまりにも違うことで、披露宴に纏りが欠ける印象がどうしてもありました。披露宴の形式に工夫が必要でしょう。親族のセレモニー、友人とパーティーと言った使い分けで良いように思いました。
991027(水)違反建築のつけ2
狩には、狩る側と狩られる側があります。私は今まで「狩る側」にいたのですが、いつのまにか「狩られる側」に回ったようです。先の見えない閉塞感が神経を苛立たせています。
先日、友人の弁護士から相談のあった内容から「違反建築のツケ」をご紹介しました。ほぼ時期を同じくして、長村氏のサイトでも、送られてきたメールから「建築にまつわるトラブル」を紹介なさっています。これは「偶然」かとも思っていたのですが、案外そうではないかもしれません。

仕事の先が見え(もうまもなく設計UP)、次の受注目指して「避けていたお酒」を飲む機会が増えています。健康の面から言えば、自粛したいのですがそうも行かない(本人もいたって好きなので)ことがあります。昨夜も、結局深酒となりました。ただ、話の内容に今後の変化を暗示するものを感じましたので、ご紹介します。
某氏は、不動産を担保に新たな事業資金確保に銀行と交渉したそうです。その結果「評価『0』でした」と笑っていらっしゃいました。その理由は「違反建築だから」だそうです。大型合併で話題の渦中にあるD銀行では、違反建築にはローンを組まない方針を明確に打ち出しており、他の銀行も追随する傾向にあるそうです。中古物件の取引が不活発な理由も、『違反建築にはローンが付かない』ことが大きな原因となっていることを昨夜知りました。
 
こんなことから話題に花が咲きました。
若い人の意識の変化が、相次ぐ違反建築の告発を促しているようです。バブルが残した正の資産とも言うべき「豊かさ」が、「違反建築と馴染まない環境を醸し出している」そんな雰囲気を感じました。
相変わらず行政は違反建築の取締りに不熱心ですが、こんなところから「違反建築追放」が始まっているのかと思うと少し愉快でした。
『違反はしないという姿勢がこれから受け入れられる時代来るよ』と励まされました。私の時代はもう終わろうとしています。だから、時代の変化を私が確認することはなさそうですが、その胎動を感じただけでも幸せかもしれません。
991029(金)キセル防止
好意的な下馬評に関わらず、日本シリーズに惨敗しました。来年の雪辱を期します。

10月1日から「スルッとKANSAI」のネットワークが拡大されて1ヶ月がたとうとしています。以前にもご紹介したことがありますが「スルッとKANSAI」は、JRを除く主だった私鉄公営鉄道(27社)が参加する「プリペイドシステム」です。ただ、近鉄は参加を表明していますが、準備が整わず参加が遅れています。
拡大された「スルッとKANSAI」は、東は大津(滋賀県)西は姫路(兵庫県)南は和歌山まで網羅する広大なネットで、JR西日本独自の「Jスルー」と2種類のプリペイドカード(直接自動改札機に挿入)を持てば、チケットをいちいち購入することなく、乗り継ぎが出来る大変優れものです。流石は「私鉄王国KANSAI」「アイデアの関西」と誉めたいところですが、最近の報道から見るともう少し生臭いようです。
異なる交通期間を乗り継ぎできるシステムを作るには「乗車駅と降車駅の両者を管理して料金を清算」する必要があります。しかし、従来の自動改札機ではいずれか一方のチェックしかしないため不可能でした。だから『従来と異なる自動改札システムの構築』が前提条件でした。で、「スルッとKANSAI」構想があってこのシステムを開発したか?これは非常に疑問です。

1週間ほど前の新聞にこんな記事が載っていました。
「スルッとKANSAI」参加企業で最小の営業区間(40km)の阪神電車は、1年間で1億7千万円の増収(総売上の1%に相当)になったそうです。おかげで、「スルッとKANSAI」のための設備投資資金が1年で回収できたそうです。
更に続けてこんなことも紹介されていました。
このシステムを導入すると、乗車駅の記録が無いチケットでは改札が出られません。つまり「キセル乗車」が出来なくなります。ちなみに、増収の理由はこれ以外考えられないそうです。案外「キセル防止」用に考えたシステムを「スルッとKANSAI」に活用したのが本当かもしれません。 
更に続けて、
このシステム導入で、最大の営業区間を有するJRでは80億円の増収とか、各社それぞれ「笑いが止まらぬ」余禄があったようです。
もっと関西らしいのは、増収額から定期券乗車客の何割が『キセルをしていたか?』を、試算しています。それによれば「30人に1人」と出たそうですから、なかなかのものです。「どちらもドッチ」流石はKANSAIです!
991031(日)モラトリアム
とっくに結論が出ていることを認めるのが嫌で悩んでいました。
この1年、極端に仕事の減った建築界で、何とか仕事を確保し忙しく過ごしてきました。しかし、建設費の値下がりと料率の低下で、設計料は数年前の半分程度落ち込んでいます。その結果、忙しく働いたにもかかわらず「まったく勘定が合っておらず」このままでは年末にモラトリアムに至ります。

私の突然死(生命保険で決済できる)で回避はできますが、病気と仲良く暮す方法を模索しても、まだ死ぬ気はありません。
幸い、世間を騒がしている商工ローン等に手は出しておらず、借入先は銀行だけです。今後、銀行と「延払い交渉」し健全化の第1歩を踏み出すつもりです。
991109追記:無事銀行と交渉できました。
交渉が巧く行っても現行組織を維持できるわけではありません。バブル崩壊後、組織のスリム化に努力し、1年前「更なるリストラ」で職員にも負担を強いたのですが、それでも『いままで通りの事務所維持』を許してはくれません。
システマチックな設計にロマンを感じてチーム(スタッフ)を維持してきたのですが、違う形でチーム編成をすることになります。

一昨日、友人の一人が事務所を閉め自宅に引きこもりました。「今は何をしてもだめで、時期を待つ」と言うことでした。
以前の私ならdogfightよろしく、ネバーギブアップを唱えたでしょうが、今は少し違います。世間の景気が復活しても、私は「捲土重来」を望まず「別のスタイルの事務所形態」が見つけられればと思っています。
バブル崩壊直後の苦境は今から考えれば「まだ余裕のある」ものでした。
この1年半、エッセイを書くことを「安らぎの場・自分自身を励ます場」として苦境と戦ってきました。おかげで、なんとなく…なんとなくですが、私が「生きた」ことを少しは表現できたと思っています。
991031(日)商工ローン
今日は世間を騒がせている商工ローンの「攻撃解禁日」だったようです。マスコミ各社は、日栄(最大のローン会社)が、スポンサーを降りたことを受けて一斉に攻撃を始めました、思えば「いいかげんな話」です。
マイナーなマスコミに商工ローンの「骨までしゃぶる営業手法」が、ささやかれ出した頃、某氏に「ぼちぼち危ないんじゃないの」と水を向けたことがあります。某氏は、ビジネスを通じて日栄(最大のローン会社)の松田社長にいつでも会える立場にあり、その危険な兆候に早くから気付いていました。私も話は聞いていたのですが、いくらマイナーなHPと言えども書くことを控えてきました。
その時某氏は「大丈夫。メジャーなマスコミの最大スポンサーは日栄で、おまけにご意見番組や辛口批評番組を全部押さえている」と言っていました。事実その通りで、その後もメジャーなマスコミの沈黙や尻込みは続いていていました。

今日(日曜日)各社が行う非難報道を見ながら、本当に批難する資格があるのだろうかと疑問に思いました。スポンサーと言えでも「不正は許さず」の態度を取れれば立派なのですが、冒頭に述べたように日栄が降りるまで沈黙を守り、降りたとたん「ムチを振るいだした」のです。
やったこともエゲツナイですが、例によって「全部、商工ローンが悪い」報道です。あの番組を見ればそれ以外の感想は持ちようがありません。
「高利貸が恨まれる」のは歴史上繰り返えされる「いつものこと」ですが、もう少し「借手側の迂闊さを戒める」醒めた報道も必要でしょう。きちんと先が読めていれば40%近い高利に走らないと思います。行き詰まったからこそ「高利を承知で借りた」のでしょうが
、善意の第3者を捲込むことの罪も糾弾されるべきと思います。


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